2019年2月14日 (木)

「バレンタインデイ・キッス」の日と音楽のない朝の思い出

今日はバレンタインデイ。残念ながら私にチョコレートをプレゼントする女性はいませんでした。

私が高校生の時は寮生活を送っていました。毎朝6時に起床の音楽が寮内に流れます。寮生が日頃聞いているカセットテープを放送係に提供していて、音楽は日替わりでした。しかし、バレンタインデイの朝は国生さゆりの「バレンタインデイ・キッス」が流れるのがお約束でした。男子寮だけあってそういう妄想だけはたくましい。もちろん、現実はそんなにうまくなく、クラスの女の子達から徳用袋入りのチョコを少しずつ分けてもらっては喜んでいる3年間でした。

そんな寮生活で音楽が流れない朝が年に1日だけありました。それは共通一次、大学入試センター試験の初日です。

3年生が出発する日の朝は、1,2年生がギャグや先輩のモノマネを交えた、応援メッセージが流れました。私も3年生の時はこの放送に腹を抱えて笑い、明るい気持ちで試験会場に向かいました。もう30年も昔のことです。

今、福岡で2浪目の娘が私立大学を受験しています。夜は不安になるのか、毎晩のように電話がかかってきます。私と妻と高校生の娘は「おまえはこんなに頑張ってきたんだ。必ず合格するよ」と励ましています。スマホなので映像も送ることができます。私が話をする様子は間抜けに見えるらしく、娘はいつもガハハと笑い、明るい声で返事をしてくれます。そんな娘の様子を見ていると30年前の私を思い出します。

昨日は一橋大学の一次選抜に合格していることをスマホで確認し、家族みんなで喜びました。私たちはみんなあなたを応援しています。どんなときも。自分のこれまでの努力を信じて強い気持ちで試験に臨んでください。

「おやすみ」をあなたに言ってもう今日は鳴らなくていい電話と思う(俵万智)

2019年2月13日 (水)

アツアツの結婚式っていいもんですね。私も胸が熱くなります。

先週末、姪っ子の結婚式に家族3人出席しました。新郎とは福岡の専門学校のときに知り合ったようで、これまでに4回も二人だけで韓国旅行に行くアツアツぶりだったようです。お互い24歳。ご両親はママゴトのようだと照れていましたが、お似合いのカップルでした。

新郎新婦の友人達もたくさん来ていましたが、なんとも若い、というか顔が幼い。私も昔はこんな顔をしていたんだろうかと感慨深く、また、若人達がまぶしく見えました。

結婚式に出席するのは、4年前に会社の部下の結婚式に招待されて以来。親族だともう10年以上も昔のこと。葬式は年数回参列しますが、お祝い事への出席は10年に数回。

私の会社では独身が少なく、いてもほとんどはアラフォーの女性。仕事ができる男性ほど早く結婚し、仕事ができる女性ほど独身を貫いている(?)ようです。鹿児島は男尊女卑と人口に膾炙(かいしゃ)されますが、奥さんの方が稼ぎがいいと鹿児島の男のプライドが許さないからこういう傾向になるのでしょうか?

ところで7~8年前のこと、勝間和代の講演会に参加したことがありました講演の冒頭、勝間和代は「久しぶりに鹿児島に来ました。私は昔は何度も鹿児島に来ていたんですよ。主人の実家があるから。でも離婚してからは鹿児島は鬼門。ずっと避けてました」と話し出したからびっくり。なるほど、結婚相手は鹿児島男児だったんですね。納得です。

彼女は言わずと知れたバリバリのキャリアウーマン。彼女の本の中では、別れたご主人が男尊女卑の典型でまったく家事や育児に理解がなかったと貶(けな)しています。今や彼女の猛女ぶりは知れ渡っていますが、当時知らずに結婚したご主人に私は同情していました。しかも、最近、彼女は同性愛であることをカミングアウト。ますます彼に同情します。

仲が悪くて離婚したことは2人が決めること。しかし、勝間和代は出版物でさんざん元夫をこき下ろす一方で、彼は反論できないし、できたとしてもその声は遙かに小さい。なんて可哀想なんだろう。

ところで今回、姪と結婚したご主人は自然が大好きだとか。姪の実家は紫尾山の麓で鹿やイノシシが畑を荒らすぐらい自然が豊か。そんな田舎の暮らしが気に入ったらしく、よく実家に遊びに来ては川や畑で自然体験(?)をしているとのこと。子供らしいというか、天真爛漫というか、いいご主人のようです。どうぞ末永くお幸せに。

傘にうつくしいかたつむりをつけてきみと地球の朝を歩めり(雪舟えま)

2019年2月12日 (火)

食べ慣れたカレーがいちばんおいしい

「カレーの経営学」(井上岳久)を読みました。ハウスバーモントカレーや会社の歴史、レトルトなどの商品開発や多様化、カレーショップの話までカレーの蘊蓄(うんちく)がいっぱい。

私は子供の頃からカレーライスが大好きで、夕食がカレーの時は小学生のときでも父の倍は食べていました。高校生の時は寮生活だったのですが、ここでも寮生の一番人気はカレーライス。カレーの日はみんなダッシュで寮に帰り、食べていました。大学生の一人暮らしのときも調理が簡単なカレーは定番。就職して職員寮にいた頃も、毎週日曜日の夜はカレーライス。

結婚して子供が生まれてからもカレーライスが定番。娘が小学生になる頃から毎週金曜日がカレーの日。最近は毎週木曜日に妻が中国語講座に行くため、その日がカレーの日。いずれにせよ、週1回はカレーライスという食生活を10年以上続けてきました。

「カレーの経営学」によれば、おいしいカレーとは子供の時から食べ慣れたカレーだとか。確かに私も妻も子供の時からハウスバーモントカレー。結婚当初はいろいろ試してみましたが最終的に同じバーモントカレーに落ち着きました。ただし、妻はドライカレーの方が好きですが。

日本マクドナルドの社長、藤田田(ふじた・でん)氏は「人は10歳までに食べたものを一生食べ続ける」と言って子供にハンバーガーを食べさせる戦略をとったのは有名な話。ハウス食品もおなじ戦略だったんですね。私は小学生の時に藤田田のインタビューを聞いて「恐ろしい人だ」と思ったものです。しかし、まさかカレーもそうだったとは。まんまとはまってしまいました。

ところでハンバーガー。私が生まれ育った町にはマクドナルドの店がなくて、初めて食べたのは寮生活をしていた高校生の時。おかげで(?)私の昼食の選択肢にマクドナルドはありません。藤田のいうとおりでしたね。

知っとるか、たこやきだけやあれへんでナウいヤングはドライカレーじゃ(俵万智)

2019年2月11日 (月)

スペイン無敵艦隊の意外な最後 これでも勝ちは勝ち

午前中は市民農園へ。寒い雨がしょぼしょぼ降る中、チンゲンサイが10本ほど高さ50センチほどまで伸び、そのうちの2本は黄色く小さな花をつけていました。

地表を這うように葉を広げていた裸麦も、いよいよ立ち上がってきました。麦踏みは不要ですね。先週はクローバーともども黄色く変色しているのが目につきましたが、広がる様子はなさそうです。収穫はブロッコリーと芽キャベツを3~4個。滞在時間は5分でした。

自宅に戻り、「図説 スペイン無敵艦隊 エリザベス海軍とアルマダの戦い」(アンガス・コンスタム)を読みました。

当時スペインは南米の銀やエメラルドなどの富を手に入れ、カトリックの強国でした。対抗するイングランドはプロテスタント。宗教対立という火種に火をつけたのがキャプテン・ドレイク。海賊として南米・中米のスペイン領を荒らしまわった後、世界一周してイングランドに帰国した彼をエリザベス女王はナイトに叙します。今では信じられない展開ですよね。喧嘩を売ってるとしか思えません。

120隻を越えるスペイン艦隊(アルマダ)が英仏海峡に向かいます。目的はイングランドへ上陸する陸軍の支援。これをドレイクらイングランド海軍が迎え撃ちます。アルマダは1000トン前後の大型帆船に乗船している陸軍兵士が敵船に切り込む戦闘スタイル。当時の海戦はこれが一般的でした。一方イングランド艦隊は500トン前後の中型であるものの操作性に優れた帆船が、大砲で攻撃するスタイル。一種の軍事イノベーションです。

戦いは数日続きますが、アルマダは敵の砲撃による破損はあるものの沈没せずに堅固な陣形を保持します。ところが、オランダにいる上陸部隊がやって来ない。イングランドの焼打ち作戦から避難するときに錨を切り捨てたアルマダは停泊できないため、やむなく、グレートブリテン島・アイルランド島を反時計回りに一周してスペインに帰国することを選びます。当時の帆船の操船技術では南下することはできなかったんですね。

そして運はイングランドに味方しました。アルマダは回航中に嵐に遭い、砲撃戦のときにあちこち破損していた艦は次々と沈没するか座礁します。乗員は溺死か、陸地に流れ着いても皆殺し。スペインに帰国できたのは60隻余りでした。

読書前のイメージとしては、両艦隊の激しい砲撃戦や、船がぶつかって白兵戦となることを想像していたのですが、イングランド海軍は敵の切り込み戦術を恐れて距離を置き続けたためにほとんど無傷。ボクシングで例えると試合中はアウトレンジでジャブを出しては逃げまわり、試合後に相手が不慮の事故でけがをして、二度目を戦わずして勝利したようなもの。

勝敗は思わぬところで決します。歴史とはこうして作られるものなんでしょうね。

闘鶏の眼(まなこ)つぶれて飼いにけり(村上鬼城)

2019年2月10日 (日)

昭和の上司だからこその人間関係の濃密さ

先週は昔の上司と当時の同僚と一席持ちました。上司は今や65歳。転職先で5年勤めていたものの、ついに3月末で退職とのこと。これまでの感謝を込めて私も含めて4人が集まりました。

書類の内容に曖昧さを決して許さない、人間関係も義理や貸し借りを大事にする昭和の典型のような上司でした。入社して4年目の私に、親身になって会社の作法、社会人の常識を教えてくれました。こういうことってなんとなく覚えていくもの、身につけていくものなのかもしれませんが、理論的に教えてもらえたのは貴重でした。私の財産になっています。

今やこんな上司は見当たりません。パワハラ、セクハラを過剰なほど意識する時代。私も今や管理職ですが、とてもこの上司には及びません。振り返ると恥ずかしいですね。

飲み会の話題も年相応になりました。緑内障の原因は老化だから進行を止めることしかできない、とか、認知症の予防には毎日スプーン1杯のはちみつ、とか。当時の職場で最年少の私ですら47歳。私以外は50代ですからねえ。

それにしてもみんなと一緒に仕事をしていたのは20年前。それから20年間、いくつもの仕事を経験してきましたが、こういう飲み会はありません。おそらく、この上司の強引さ(笑)と厚い人情が強い求心力をもっているんでしょうね。

この上司は4月からは親の家の整理、片付けなど、今まで後回しにしてきた身辺整理をするようです。孫も4人いるそうで好々爺(こうこうや)になるみたい。意外なような、ありうるような。

第一も第二もなくて人生は続いてゆくよ昨日今日明日(俵万智)

2019年2月 9日 (土)

試合終了まで残り4秒、3点ビハインド、ボイキンの3Pシュートの行方

鹿児島レブナイズ対東京サンレーブスの試合を鹿児島アリーナに見に行きました。

試合会場に入るとなんだか微妙な雰囲気。試合開始10分前に到着したはずなのに、入場口は静かでアルバイトの女子生徒が2人いるだけ。アリーナに入るとレディラックはカツラとおもちゃのグラサンを着用して待機中。えっ、まさか・・・。

私が会場にきたときはちょうどハーフタイムだったのです。おかしいなと思っていたんですよね。なぜこの日だけ午後7時試合開始なのかと。パンフレットか何かに誤りがあったのか、私が読み間違えたのか、今となってはわかりませんが、なんだか私だけ取り残された気がします。

スコアを見るとレブナイズが7点リード。今シーズンはサンレーブスに一度も勝利していないので驚きです。ああ、なんで前半を見ることができないんだ!!

第3クオーターが始まりました。一進一退でリードを保ちます。ベンチの雰囲気もとても明るい。声が良く出ています。笑顔も見えます。そしてフリースローが着実に決まります。いつもは7割入ればいい方なのに。「今夜のレブナイズは違う」と思っていたら・・・。

第4クオーターになるとサンレーブスが追い上げます。そしてレブナイズのシュートがゴールに嫌われてリバウンドもとれなくなりました。残り2分となったところで同点に。さらにサンレーブスのランニングシュートが決まり、フリースローでさらに1点追加。この試合初めてサンレーブスが3点リードとなります。

レブナイズは川上が3Pシュートを放つもリングをはじいてノーゴール。サンレーブスは時間を一杯使って攻撃。残り15秒のところでレブナイズがボールを奪い、相手陣内のボイキンにパス。ボイキンはドリブルで切り込みますが残り5秒。シュートを打とうとしたところで、私は思わず大声で「スリーっ!!」と叫びました。

ボイキンは私とゴールの直線上に立ち、足下を確認して3Pシュート。まっすぐにボールがゴールに向かいます。私は拳を握りボールの行方を見守りました・・・が、ボールはリングを数回バウンドして無情にもその外側に落ち、サンレーブスの選手ががっちり押さえてジ・エンド。ボイキンはコートの床にうずくまり、しばらく立てませんでした。

ああ、残念です。悔しいです。落ち込みます。明日も応援したいけど、親族の結婚式に出席しなければならないためそれも叶(かな)いません。頑張れ、レブナイズ!!!

もう一歩踏み込めないかという午後に辛きトマトのソース煮詰める(俵万智)

批判キャンペーンの結果、恵方巻の廃棄は減ったんでしょうか?

私は学生時代、京都に住んでいました。当時は家庭教師のアルバイトをしていて、そのアルバイト先ではいつも晩ごはんを用意してくれる、一人暮らしにはありがたい家庭でした。ある年の2月3日の夜、いつものように晩ごはんが提供されるとなんと一本丸まるの巻き寿司。「京都では節分には恵方巻といってかぶりついて食べるんですよ」とこの風習を教わりました。

今や京都(関西)以外にもこの恵方巻が広まりました。広めたのはコンビニチェーンですね。需要喚起のために一地方の風習を全国に広めたのでしょう。近年ではハロウィン、昔だとバレンタインデーのような商売主導のイベント(記念日)戦略ですね。もちろん、鹿児島に住んでいる私にはそんな習慣は関係ありませんので恵方巻は買わず、昔同様、殻付きの落花生を一袋買いました。

ところで今年の1月頃から「恵方巻が大量に廃棄されている、無駄なことはやめよう」というニュースが何度も報道されていました。NHKや民放各社がこぞって特集を組んでいたので奇異に感じました。たしかに食品廃棄は大きな問題ですが、なぜ今、恵方巻だけがターゲットにされるのか疑問です。

こういう魔女狩りは今に始まった話ではありません。たとえば「こんにゃくゼリー」。のどに詰まらせて窒息死する事故が多発して、製造元を非難する大キャンペーンが展開されました。しかし、考えてみると、のどに詰まらせて窒息死する食品は「餅」が多い。手元に統計的なデータはありませんが、私が子供の頃、お正月のニュースの定番は「餅を食べて窒息死」でした。しかし、餅の製造元を非難するキャンペーンを私は知りません。なぜ餅は良くてこんにゃくゼリーはダメなんですか? (そういえば餅の窒息死は最近報道しなくなりました。これも疑問です)

今回の恵方巻大量廃棄も、キャンペーンを展開することで消費者の購買意欲をなくすことをマスコミが意図しているとしか思えません。マスコミは「恵方巻を取り上げることで食品廃棄の問題喚起をしたい」と正論まがいのことで釈明するでしょうけどね。

一地方の風習を商売目的のイベントにするのも嫌ですが、正論ぶって食料の無駄遣いという観点で批判するのも与(くみ)したくありません。日頃の行い(消費活動)を省(かえり)みてはどうでしょうか?

ところで冒頭の家庭教師先の恵方巻。どうやら水加減を間違えてご飯を炊いたようでとても食えたもんじゃない。「まずい」と正直にいうと「残しといてください。犬にでも食わせときます」。30年前はそれで良かったんですよね。

節分や海の町には海の鬼 (矢島渚男)

2019年2月 7日 (木)

バーバリーチェックの傘の切ない思い出

朝でかけるときは晴れていましたが、天気予報では午後は雨。こういう日は折りたたみ傘を肩掛け鞄に入れて出勤します。

今朝カバンに入れたのは昔から家にある水色の折りたたみ傘。家族の誰も使わない、人気がない傘です。この傘を入れる袋をずいぶん昔になくしているため、タオル地の折りたたみ傘用小物入れに入れました。この袋はFMラジオ「AOR」で紹介され、それから間もなく天文館のロフトで偶然見つけて衝動買いしたもの。

この袋の中は吸湿性の高いタオル地になっていて、濡れた傘を入れても安心という触れ込み。この袋、平べったい長方形で2辺をファスナーで閉じるのですが、水気が多いとファスナーで閉めてもそのあたりから水が染み出てくるんですよね。おかけでカバンの中の書類が濡れて大失敗だったことも。

今では濡れた傘を入れたときは、この袋はカバンの外に出しておくことにしています。かさばるようですが、手に持つよりもまだましかなってとこです。

朝から雨が降る日は、折りたたみ傘ではなく、バーバリーチェックの60センチの傘を差します。通常の大きさよりも遙かに大きい。家に帰ると玄関で傘を開いて干すのですが、大きすぎるためいつも妻に「じゃまっ!」と言われるぐらい。

3年ほど前のこと。帰宅時にバスから降りると急に土砂降り。あわててこの大きな傘を差しました。当時、いつも同じバスに乗っていた女子大生も同じように、持参していた折りたたみ傘を開こうとするのですが、なぜか柄の部分が2つに外れていてうまく開かない。見るに見かねて私の傘を差しだして、彼女が傘を差すまで一緒に傘の中に入ったことがありました。

親切のつもりだったのですがどうやら不審者と思われたようで、その後しばらくして、この時間のバスに彼女が乗ることはなくなりました。笑えるような、情けないような。雨が降る日のバスに乗ると、つい思い出してしまいます。

昨晩の雨を含んでいる芝生ふみしめてゆくつまさきの朝(俵万智)

2019年2月 6日 (水)

村上春樹のカキフライ そして私の飲み物談義

仕事帰り、新書を片手に読みながら缶コーヒーを飲み、バスを待ちました。私は缶コーヒーの甘ったるいのが嫌でほとんど買うことはありません。城山ストアでは紙パックのジュースを買うことが圧倒的なのですがどれも量が多いし100円を超えているのでなんだか気が進みません。やむなく値段が安いだけの理由で、90円の缶コーヒーを選びました。

「微糖」の表示はあるもののやっぱり甘ったるさが胃にもたれます。量が少ない(200cc未満)なのが救いです。紅茶花伝もそうですが、どうしてメーカーの飲料はこんなに甘いんでしょうね。不自然な甘さと思うのは私だけかもしれませんが、どうもなじめません。

私の少年時代。缶コーヒーと言えば、ジョージアかダイドーブレンドコーヒーしかありませんでした。そう、スパゲッティと言えばレストランにはミートスパゲッティとナポリタンしかなかった時代です。当時は缶コーヒーの甘さを「うまい」と感じていたから不思議ですね。大人になると味覚(嗜好)が変化するのでしょうか。

大学生のときは、一人暮らしの部屋にある冷蔵庫に2リットルのウーロン茶とカルピスウォーターがいつも入っていました。もちろん牛乳も飲んでいましたが、値段で選ぶとこの2つでしたね。

今や20種類を越える缶コーヒーが販売されていますが、無糖を含め、どれも好みではありません。これはジュースも同様です。そんなわけで、外出時に喉が渇いてたくさん飲みたいときは、どうしてもミネラルウォーターか炭酸水に手が伸びます。

自宅ではお湯を沸かしてコーヒーか紅茶を飲みます。たまにホットのはちみつレモン。コーヒーはインスタントで砂糖なし、牛乳でうめます。紅茶はテオレ、ミルクティーにします。こちらは砂糖をいれて甘く作ります。ホットはちみつレモンはレモンを濃いめにして酸味を強くします。どれも冬の寒い時期はぴったりです。

かつて村上春樹のエッセイにカキフライの話が出ていました。カキフライのことを手を変え品を変え、長々と文章を続け、これができることこそ小説家の資質だ、みたいな内容でした。村上春樹は私の大好きな作家ですが、このカキフライの文章。まったく食欲をそそりませんでした。堂々巡りをしているようで物語が先に進まない、起承転結がないのです。長々書くことが目的となると、結論が引き延ばされる分、物語としての抑揚がないのだと気づきました。

今夜の私の飲み物談義にもオチがなかったですね。でも、いつもの文量には達したようです。これでお許しを。おやすみなさい。

この冬の夜に愛すべきもの、薔薇あり、つめたき紅(くれない)の郵便切手あり(若山牧水)

2019年2月 5日 (火)

維新未来博 子どもに伝えるもの

県民交流センターで開催された維新未来博に行ってみました。私の家族は都合がつかないため、弟ファミリーに声をかけたところ、弟の嫁と小学生の姪と一緒に行くことになりました。

弟の嫁は今、齋藤孝にはまっていて本を家に並べているとか。齋藤孝の講演を聞きたいがために来てくれたようです。それに比べて姪は横転の練習のしすぎで腰が痛いとか、暑くて服を着替えたいとか、眠たいとかを訴えていて飽き飽きしているようでした。

最後の方になって、俳優の迫田孝也とモデルの宮野陽菜のトークショーがありました。宮野陽菜ちゃん。ミスセブンティーンだけあって顔が小さい。今回初めて見たのですが体が本当に細くてびっくり。弟の嫁も「あれは両親に感謝しないとね。あのスタイル、あの顔の小ささは親からの授かりものだよね」とため息をついていました。そして、迫田孝也。宮野陽菜ちゃんと比べて背は低いし、顔の大きさも陽菜ちゃんの2倍ぐらい。横に並んで立ってはいけないと悟ったかも。迫田孝也は笑いをとるべく、トークショーではたくさん語ってくれました。

トークショーの終わり頃に弟と甥っ子2人も遅れて着席。トークショーが終わると、フィナーレのダンスが始まりました。観客席からも観客を装っていたダンサーが突然立ち上がって踊り出すパフォーマンス。そして観客とステージ上の全員が紙飛行機を一斉に飛ばして終了。よく紅白歌合戦のラストにある舞台の両袖から大型のクラッカーからビニールのテープが飛び出しました。

私の隣に座っていた小学1年生の甥っ子は、そんなフィナーレをよそに、空中から降りてくる紙飛行機やビニールテープを必死にかき集めています。みっともないよと声をかけようとするともう一人、必死にビニールテープをかき集めている人がいました。なんと弟です。40歳過ぎたいいおじさんが何やってんの。それを見ていた弟の嫁が「本当に親子でしょう。餅投げのときなんかおばあちゃんもこんな感じで餅を拾うのよ。3世代が同じ格好をしているのを見るとホント笑える」と爆笑。

このイベントは明治維新を成し遂げた郷土の先人の事績や教えを子供らに伝えよう、というもの。なるほど今回の弟と甥っ子の姿をみて「蛙の子は蛙」と納得しました。教えなくても伝わるものはあるんですよね。しかし、イベントの内容が甥っ子らの心にどれだけ残っているのか心配ですが。

目に見えぬ一点がそこにあるように天につり上げられる飛行機(俵万智)