2023年5月 4日 (木)

講演録「脳で直接、機器操作(ブレイン・マシン・インターフェースの最新動向と今後の展望)」(平田雅之)を読む

講師は脳機能解析やBMIの開発をしている大学教授です。
 
BMIとは脳と外部危機をつなぐ装置です。講師はBMI技術を利用して、開頭手術をして頭蓋内にワイヤレス電極を置き、電極で頭蓋内から計測した正確な脳波をAIで解読し、「その人がなにをしようとしているか」を推定してロボットアームを操作する技術を開発しています。
 
2008年、ピッツバーグ大学がサルを用いたBMIの動物実験に成功したことを報告しました。
サルの両腕を動かないように固定し、脳の運動野(大脳皮質で運動指令を出す神経細胞が集中している領域)と呼ばれる領域に剣山状の針電極を刺入して、脳信号だけでロボットアームの操作を試みました。するとサルは、ロボットアームを自由自在に操作して餌をつかみ、口に運び、食べることに成功したのです。
2012年、同大学は患者を対象に臨床研究を行いました。ここでも患者は念じるだけでロボットアームを制御し、チョコレートを口に運び食べることに成功しました。
 
残念ながらこの研究は、脳に針電極を刺すので脳を傷つけ、有線での計測なので感染の問題もあり、日本では研究されていません。
 
現在はさまざまな研究が行われています。 BMIはロボットアームや意思伝達装置以外にも、様々な外部機器と接続が可能です。 ITと接続すれば、寝たきりの患者さんでも、メタバースやインターネットの世界で、健常者と同じように活動できます。介護ベッド、電動車いす、アシストスーツ、家電などを自在に制御することも可能です。最終的には機能的電気刺激(電気刺激で自分の筋肉を動かす技術)によって、ねたきりの患者が自分の体を元通りに動かせるようになるかもしれません。
 
講演録を読んで思いました。「これは本当にすばらしい世の中なのか?」と。
脳だけが活動し、身体機能がまったくない。これは映画「マトリックス」の世界です。私たちの未来は「マトリックス」の描く、ディストピアになりかねない。そんな感想を持ちました。
 
みどりごの欠伸(あくび)する口ほのぐらき人の子ゆえにわれはおそるる(河野愛子)

2023年5月 3日 (水)

小論「ペブロスカイト太陽電池」(宮坂力)と「日本の景気回復の道筋」(原田泰)を読む

小論「ペロブスカイト太陽電池」(筆者 宮坂力)を読みました。
 
筆者によると、日本は福島第一原発の事故以降、火力発電所由来の二酸化炭素が急増。日本の二酸化炭素総排出量の約46パーセントを占めています。
 
一方、同事故以降、日本では太陽光発電が増えましたが、問題が2つあります。
1つは発電コストです。太陽光発電の発電コストは1キロワット時あたり約12円。石炭火力発電所(約7円)の倍近くになっています。これは太陽光パネルに使われるシリコン半導体の原材料(高純度シリコンウェハ)が高額だからです。
もう一つの問題はシリコン結晶の製造過程で二酸化炭素は排出されることです。
 
ペロブスカイトとはチタン酸カルシウムという金属酸化物です。
チタン酸カルシウムは結晶構造が特徴的なので、現在では同じ結晶構造をもつ物質を総称して「ペロブスカイト」と呼んでいます。 今回の話は金属酸化物の酸素をハロゲンに置き換えた金属ハロゲン化物です。
 
現在はこのペロブスカイトによる太陽光発電の研究が進んでいます。シリコン太陽電池に比べ、ペロブスカイト太陽電池は曇天や雨天でも発電できるメリットがあります。
 
このため、年間発電量はシリコンよりも10パーセント以上上回ると試算されています。また、製造コストはシリコンの約半分です。このペロブスカイトは日本で生まれた技術ですが、世界的な研究に日本は立ち遅れています。残念ですね。
 
もうひとつの小論「日本景気回復の道筋」では、日本が経済成長できていない理由を解き明かしています。
 
まず俗論としてのGAFA欠如論をこき下ろしています。同論は簡単にいうと「アメリカにはあるが、日本にはない。だから日本の成長率は低いのだ」というものです。しかし、どうやったらGAFAが生まれるのか誰もわからない。しかも、ドイツ、イギリスなどもGAFAはないのに成長している。
 
筆者の主張する理由は、「PCR検査目詰まり論」と「競争嫌い論」です。
 
「PCR検査目詰まり論」とはPCR検査を自動機械でできるのに厚生労働省が邪魔していたというもの。この自動機械は全世界で使用されていたのに、厚労省は機械の導入を遅らせていたのです。
 
「競争嫌い論」とは、いわゆる護送船団方式です。能率の悪い自治体や企業に全体のレベルを合わせる(競争を回避してみんな一緒に)という体質です。競争がなければ全体の効率が低下するだけです。
 
成長するためには、生産性の上昇や競争の妨害を排除しなければならないからですね。
 
2つの論文を読んで思うのは、「政治とは弱者を救うもの」という発想が経済政策に持ち込まれていることでしょう。太陽電池のスキームも政治主導となった結果、リスクをとろうとしない企業が存続しています。私達の電気料金にはその経費が上乗せされているのを知っていますか? 関西電力の賄賂騒ぎではありませんよ。まったく!
 
硝子戸の中に対称の世界ありそこにもわれは憂鬱に佇(たたず)む (尾崎左永子)

2022年11月26日 (土)

「アベノミクスの功罪」(佐伯啓思インタビュー)を読む

令和4年11月25日(金)の朝日新聞に、「アベノミクスの功罪」と題して、社会思想家の佐伯啓思氏のインタビュー記事が掲載されていました。

朝日新聞は「アベノミクス」を批判し続けました。「昨今の円安と物価高、世界最悪の政府債務、そのもとで打ち出された巨額の経済対策、いずれものアベノミクスの遺産ともいえるような危ない現象だ」と記事の冒頭で反安倍を鮮明にしています。

しかし、佐伯氏は反論します(以下、抜粋)。

「政治はあくまで相対的なもの。アベノミクスの批判はいくらでもできます。だが他にどんな政策がありえたか。少なくともかなり世の中のムードは変えました」「結果はともなく、(アベノミクスの3本の矢を)やらないという選択肢はなかった」「雇用状況を良くし、経済を引っ張ったのはアベノミクスの功績というべきでしょう」

そして、問題を安倍政権に矮小化した結果、より根本的な問題である日本社会全体を劣化させたのは、左翼やマスコミの責任であると主張します。

「大事なのは経済の背後に我々の社会生活があり、おカネに変えられない何かがあるということです。問題は『カネをこえた価値』を認めるかどうか。日本社会は限界まできています。だから政治家は余計なことをしないほうがいい」

「(しかし)『成長はあきらめ、ゼロ成長でいい』とか、『世界に冠たる国ではなく、そこそこ満足できる普通の国に」なんて言えますか。メディアはそれを受け入れますか」「安倍さんにはそれを言ってほしかった。でも経済は民主党政権でも復活せず、日本政治そのものが世界からの信頼を失い、メディアは経済再生を求めている。やはり無理だったでしょう」

「本当の問題は日本社会が何をやってもうまくいかないところまで来てしまったことにあります。我々の本当の幸せは何か、文化や地方生活はどうあるべきか、そういう問題設定をすればよかった。野党やメディアは批判するなら代替案を出すべきです。それをせず状況をやり過ごそうとするなら、どの政権になろうと結果は同じです」

「(アベノミクスの結果)個人主義や金銭主義が拡散しました。近代主義を加速してしまったのです。これは安倍さんの罪というより戦後の日本社会全体の問題です」

私はこのインタビュー記事を読んで、悲しい気持ちになります。現在開会中の国会の議論も、統一教会や閣僚辞任のスキャンダルばかり。野党とメディアはこれらを連日取り上げています。しかし、日本国民の暮らしと関係があるのでしょうか? 少なくとも私の生活にはまったく関係がありません。だから、新聞の見出しをみるだけで中身を読むことはありません。時間の無駄だからです。

私は連日、ロシア・ウクライナ戦争の動画サイトをユーチューブで見ています。現在の世界的インフレやエネルギー、食糧危機などの原因は、この戦争の影響が大きいのは明らか。注目するのが当然だからです。

ヨーロッパやアメリカではインフレが蔓延し、物価高騰は前年比10%を超えています。日本は低金利政策をしながら物価高騰を3%程度で抑えています。それでも日本政府に失策があるかのような報道をして批判しています。マスコミや野党はバカじゃなかろうか? 私は、この世界的な経済苦境において日本経済はよく持ちこたえている、と思っています。

最後に佐伯氏のコメントで締めたいと思います。

「安倍さんだって何かに踊らされていたのですよ。状況に踊らされていると言うか、日本社会の構造に踊らされているというか。問題は西欧が生み出した近代社会をどう理解するか。それを本当に日本に持ち込めるのか。そのとき保守とかリベラルとか関係ありません」

さようならそれぞれに生き延びてまたいつかみんなで疎開しましょう(木下龍也)

2022年11月23日 (水)

ロシアは春秋戦国時代の息と同じ運命をたどるのか?

中国の春秋戦国時代を記録した古典があります。「春秋左氏伝」です。岩波文庫の上巻を読み直しているのですが、「隠公11年」に次のようなくだりがありました。

「鄭(てい)と息(そく)の間に言葉の行き違いがあり、息侯(息の領主)が鄭を攻めた。鄭伯(鄭の領主)は国境でこれと戦い、息軍は大敗して引き揚げた。君子はこのことによって、息がやがて滅亡することを察知したのである。相手の徳を考えず、自分の力の程を知らず、同じ姫姓の国に親しまず、言辞の是非を明らかにせず、罪否を調べず、この5つの過ちを犯して、しかも相手を攻める。息が軍を失ったのもの当然ではないか。」

2022年2月にロシアがウクライナへの侵攻を開始しました。首都キエフへの進軍が頓挫したことにより、ロシアはウクライナ南部4州の占領とこれらのロシアへの併合に目標を切り替えました。2014年に併合したクリミア半島への陸路を万全にしようとしたのでしょう。

しかし、ロシアが9月に併合した4州のうち、11月の時点ではヘルソン州の州都ヘルソンをウクライナ軍が奪還し、ルハンスク州でもウクライナ軍が攻勢を強めています。攻守逆転したロシアは部分的動員令を発動して30万人の人員を確保しましたが、これにともない70万人のロシア国民(おそらくほとんどが労働者として主要な年齢層)が国外へ逃亡しました。

「春秋左氏伝」が指摘する5つの過ちは、そのままロシアに当てはまります。

「相手の徳を考えず」 ウクライナのゼレンスキー政権は国民が正当な選挙の結果成立した政府です。NATO加盟の動きはありましたが、これはロシアとの条約等に反したものではありません。

「自分の力の程を知らず」 プーチンはロシア軍の強さを過大に評価していました。 

「同じ姫姓の国に親しまず」 ロシアとウクライナは歴史を共有するロシア系の国でありながら、プーチンはウクライナを属国扱いして対等な友好関係をつくろうとはしませんでした。

「言辞の是非を明らかにせず」「罪否を調べず」 ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ南部のロシア系住民がウクライナのナチス的勢力によって虐待されていると主張して、それを侵攻(特別軍事作戦)の理由にしていましたが、これがでっちあげであることは明白です。

ロシア軍は必ずウクライナ軍に敗れます。ロシアは戦場では10万人を超える成人男性を失い、100万人近い国外逃亡者たちはロシアにはもう戻って来ないでしょう。欧米の経済制裁がいつまで続くのかという問題もありますが、ロシアのダメージは深刻で、経済的な回復は少なくとも10年(子どもたちがロシア経済の担い手になるまでの間)はかかるでしょう。

「春秋左氏伝」をなぞるならば、経済が回復するころにはロシアは滅亡(プーチン政権の転覆、ロシア分裂)しているかもしれません。

クレムリン執務室なる暗がりに鉛筆研ぎて愉しみたる人(島田修三)

2022年11月21日 (月)

「南極氷床 地球最大の氷に何が起きているのか」(杉山慎)を読む

小論「南極氷床 地球最大の氷に何が起きているのか」(杉山慎)を読みました。

南極氷床の体積は、日本海で20杯分に相当し、地球に存在する全氷河体積の90パーセントを占める特別な存在です。淡水の約70パーセントが氷河氷床の氷なので、その融け水が海に重要なインパクトを与えることになります。

なにしろ南極氷床が完全に融ければ、海水準は58メートル上昇します。こうなるといま私が住んでいる地域も海の底になっちゃいます。

今から20年前までは「温暖化で雪が増えて氷床が成長する」という仮説が主流でした。その後、人工衛星による地球観測技術が急速に発達して、氷の変化が正確にとらえられるようになってきました。その結果、1992年から2016年に毎年100ギガトンの割合で氷が減っており、この24年間に失われた氷は南極氷床全体の1万分の1、海水準上昇に換算して7ミリメートルに相当するというのです。

えっ、たったこれだけって感じですよね。

南極で氷が減少しているのは、氷が消失するプロセス、特に棚氷の底面融解が増えているからというのが小論の解説です。大気の温暖化は海洋にも大きな影響を与えていて、比較的水温の高い海水が棚氷の下に流入し、氷の融解を促進しているというのです。

まさに、氷床が海に浸食されつつあるというわけです。5メートルの海水準上昇で、日本の国土の3パーセントが失われます。そこには日本の総人口の16パーセントが暮らしているのですから大変な事態です。

「地球温暖化なんて嘘」といっていた某大学教授の武田氏も、南極の氷問題については逆に雪が増えるから氷河がなくなることはないと主張していました。この小論を読んで、少しは自説を修正しているのでしょうか? 科学者は事実、正確な観測データに基づいて主張すべきですよねえ。

君の言葉は硬い石だよ一つずつすりつぶされるぼくの細胞(俵万智)

2022年11月17日 (木)

「ロシアは何をめぐってウクライナ・欧米と対立しているのか」(宇山智彦)を読む

小論「ロシアは何をめぐってウクライナ・欧米と対立しているのか」(宇山智彦)を読みました。

ロシアは今年2月下旬にウクライナに侵攻。プーチンはあれこれ言って正当化しようとしていますが、その主張の背景を解説したのが、この小論です。

論者によれば、2000年代後半、ウクライナのNATO加盟にNATO諸国の大半は消極的でした。したがってNATOの拡大がロシアの脅威だというプーチン大統領の主張を額面どおりに受け取ることはできないと言います。

プーチン政権は、ロシアは欧米と対等か、それ以上の権利を国際社会で持つべきだと考え、欧米が自分たちだけに特別な権利があるかのようにふるまうことに対して怒っているのだというのです。

ロシアの欧米への敵対心の原因は、自らの安全が脅かされたことではなく、欧米中心の国際秩序への不満とリベラルな価値観への敵意にあります。2010年代、台頭する中国に対比して欧米は弱いという認識をロシアが持ってから、ロシアは攻勢に出始めました。そこにみられるのは力による勝負の論理であり、欧米がロシアの要求に譲歩していればウクライナ侵攻は起きなかったという見方は的外れであることがわかります。

また、プーチンが「ジェノサイド」と称するのは、ウクライナ軍と新露派勢力であるドネツク人民共和国・ルガンスク人民共和国との戦闘のことです。この戦闘では双方に同程度の犠牲者がでていて決して一方的に虐殺しているわけではありません。そもそもこの戦闘はロシア人工作員・戦闘員の流入やロシア軍の介入によって長期化していたもので、侵攻の理由とされる状況自体、ロシアが作り出したものです。

ではなぜプーチンはウクライナに執着するのか。その答えはプーチン自身の言葉で表現すれば、ウクライナが「われわれ(ロシア)の歴史的領域」であるこということにあります。外国と民族主義者の連携、レーニンの誤り、そしてソ連崩壊という「20世紀最大の地政学的惨劇」がなければ、ウクライナという国家は存在しなかったはずだというこです。

本来ロシアの一部であるとプーチンが考えるウクライナが、欧米に接近してNATOやEUへの加盟を希望し、リベラルな価値観も受け入れるというのは、彼にとって、バルト三国が欧州に統合されるのとは異なる、許し難い問題となるようです。

小論は、プーチン政権の野心と実力のギャップがもたらすのは、攻撃的行動の収束なのかエスカレーションなのか、という問いをもって締めくくっています。

11月9日に、ウクライナはヘルソンを奪回しました。東部方面では激戦が続いて膠着状態にあります。南部戦線もドニエプル川を挟んでロシア、ウクライナ両軍が対峙したまま冬を迎えることになりそうです。

ロシア軍のヘルソン撤退は国防省が勝手にやったこととして、プーチンは無関係を装っています。また、ロシアの領土と主張するヘルソンではインフラを破壊し、ロシアの主張する「ロシア国民」を苦しめています。

こうしてプーチンが唱えていた侵攻正当化の理由は、自らの行為によって次々と偽りであったことを明白にしています。まさに論者の言う「野心と実力のギャップ」が混乱に拍車をかけています。プーチンはそれでいいのかもしれませんが、ロシア国民は混乱の極みに達するでしょう。これ以上の戦闘はロシアの国力を奪うだけです。プーチン自身がこの侵略に終止符を打つ可能性がほとんどない、そしてプーチンを打倒する制度がなく、政治的なライバルも不在である以上、ロシアの分裂と貧困化は不可避といってもいいすぎではないでしょう。

神の像投げ込まれいるガンジスに神より静かに浮く死体あり(俵万智)

2022年11月16日 (水)

「人新世の環境危機と21世紀のコミュニズム」(斎藤幸平)を読む

小論「人新世の環境危機と21世紀のコミュニズム」を読みました。論者はマルクス研究者です。

論者は言います。

コロナ禍は最後の危機でも最悪の危機でもありません。これから始まる人新世の危機の最終リハーサルです。その元凶が気候変動なのです。今後、世界は山火事や干ばつ、異常気象によって水不足と食糧危機が頻発し、紛争と難民が繰り返し発生して緊急事態が慢性化するでしょう。慢性的危機の時代には、政府はさまざまな形で介入せざるを得ません。それを思うと小さな政府を求めるアメリカ流の新自由主義は終わったのだと思います。と

そしてポスト資本主義について述べています。

「緑の資本主義」が欧米に起こりつつあります。そのポイントは、国の優遇措置や大型財政出動により、環境にやさしい技術に投資を誘導することにあります。それに比べ、日本ではSDGsのマークが各地でみられるほど環境意識が高まっていますが、日本の取組はほぼ無意味で有害でさえあります。SDGsは良心の呵責を和らげるための薬にしかなっていません。企業もSDGsをマーケティングの道具にしています。

これには私も納得です。ファーストフードがSDGsってどう考えてもおかしいでしょう。SDGsをやってます、だからうちの商品を買ってください、って。でも、これっておかしくない? 資本主義最先端の大量生産・大量廃棄のグローバル企業が環境保全なんていうなら、車に乗らないエコな生活をしている私はグレタ級になっちゃうよ。

結局のところ、「緑の資本主義」に転換しても、経済成長を求める限り、気候変動問題は十分に解決できないのです。市場メカニズムが機能する限り、大量生産・大量消費・大量廃棄の悪循環は断ち切れず、資源消費もエネルギー消費も減らすことはできません。本当に温暖化を防ごうとするならば、成長主義からの脱却、資本主義からの転換、システムチェンジしかありません。これが「脱成長」です。

では「脱成長」ってなんでしょう? 残念ながら小論はここで終わっています。

今日の朝日新聞は、日本の経済成長がマイナスだと紙面トップで報じていました。悲観的な見出しが踊っています。これがSDGsを推進している朝日新聞の紙面でしょうか。地球の温暖を防ぐためには脱成長というなら、日本のGDPのマイナスは喜ばしいことです。どうしてそういう紙面にならないのでしょうか? 

結局、SDGsなんて言ったもん勝ち。自己満足の世界でしかありません。それを象徴するのが朝日新聞の偽善ぶりです。他の企業も右に倣え。SDGsに取り組んでますというフレーズに踊らされている消費者は滑稽ですね。もちろん、わたしはそんなことを商品選択の基準にしたりしませんよ。

資本主義のとある街角必要に応じて受けとるティッシュペーパー(俵万智)

2022年11月13日 (日)

皆既月食の夜 甲突川をふたりで歩く

11月8日。この日私は、ひさしぶりに飲み友達と鹿児島中央駅近くの居酒屋で飲む約束をしていました。時間ちょうどに待ち合わせ場所に現れた彼女は耳にピアスをつけていました。今まで見たことがなかったので話をふると「これまで長くつけていなかったから穴がふさがってきているみたいね。つけるのに時間がかかっちゃった」

私は焼酎のお湯割り、彼女はサングリアを注文。おばんさいの3種盛りを1人分注文して、近況を語り合いました。彼女と会うのはおよそ半年ぶりです。

「今日は皆既月食だよね」「ああ、天王星の星蝕もあるのは数百年ぶりだと報道されていたね」「もうそろそろ完全に隠れるよ。午後7時59分が皆既の最大ってなってる」 彼女はスマホの画面を見せながら「月食を見に行こうよ」

飲み始めて1時間も立たないうちに店を出て、鹿児島中央駅のアミュ広場に2人ででかけました。数十人の高校生らが一列にならんでスマホを空に向けています。私と彼女と2人、その列の中に分け入り夜空を眺めると赤黒い月が見えました。月の上のほうがわずかに白んでいます。

「もうちょっと白いところが残っているね」「ねえ、もうしばらく飲まない?」 近くのファミマで私は「眞露(すもも味)」、彼女は日本盛のアルミ缶を購入。大勢の人たちが通行する脇で花壇にもたれかかり、お互いの酒を交換しながらしばらくお月見しました。

通行人のなかには彼女の会社の同僚の姿が数人ありました。彼女が気づいても、同僚たちはこちらに視線を向けることなく通り過ぎていきます。「最近、上司にイライラすることが多いんだよね」と彼女は仕事の不満を静かに語りだしました。私はただ静かに聞いていました。

午後8時。皆既の最大です。そこで私は彼女を別のお店に誘い、日本酒を1杯だけ飲み、帰ることにしました。

彼女は歩いて家に帰ると言うので、二人で甲突川の堤防にそって歩きました。月食が終わりに近づいてきます。しだいに月は白く輝く部分が増えてきて、彼女の家まであと少しとなったときには、いつものような白銀の満月になっていました。風はほとんどなく、雲もありません。私たち二人だけがこの世界にいるような素敵な夜でした。

「じゃあここで別れようか」と言って、私は道路の向こう側に渡ろうと信号が青に変わるのを待っていると、彼女は私のとなりで黙って立っています。「どうして帰らないの?」「信号が青に変わるまで私も待ってる」あとは無言でした。というか、こういうときって言葉はいならないのですね。彼女の幸せそうな微笑みをみて、私は自宅へと帰りました。

砂浜を歩きながらの口づけを午後五時半の富士が見ている(俵万智)

2022年11月12日 (土)

ストリートピアノ演奏旅行(東京編)

10月下旬に東京出張がありました。というわけで、東京都のストリートピアノを巡ってみました。

1 羽田空港第2ターミナルビル地下1階(メルセデス・ベンツ展示場前)

 羽田空港に到着。羽田空港には5階のスタバの隣と、地下1階のメルセデス・ベンツ前の2箇所にピアノが置いてあります。スタバ隣は過去に弾いたことがあるので、今回はメルセデス・ベンツ前のピアノに調整しようと第2ターミナルビルに向かいました。

 すぐに見つかりましたが、すでに30代ぐらいの男性がクラシックの曲を美しく弾いていて、カフェのお客さんが聞き入っていました。仕事に間に合わなくなるので、無理だと判断してすぐにモノレール乗り場に向かいました。

 それにしても演奏している男性のもっさいこと。グレーのパーカーにスニーカー。風采の上がらない30代とお見受けしました。「お前は平日からこんなところで、こんな格好で、ピアノ弾いていられるなんてたいそうな身分だな」と毒づく気持ちを抑えるのがやっと。こういう人が実はIT長者で日本を動かしているのかもしれませんが、どうも好きになれません。

2 JR両国駅(臨時第3ホーム)

 続いて両国駅に向かいました。こちらはプラットフォーム両側に第1、第2ホームがあるだけ。当然ながら第3ホームはありません。改札に降りていくと見つかりました。「臨時第3ホーム」は、過去のJRの歴史を目撃した写真の展示室になっていました。このフロアの中央に、黒いアップライトピアノが置かれていました。

 まずは宇多田ヒカルの「桜流し」を弾きました。現在、私が新たに挑戦している曲です。サビの部分が非常に難しいので、動きを省略して演奏しました。途中、団体客が声を張りげながら展示されている写真についてあれこれ言っているのが聞こえてきて気が散ります。それでも満足して弾き終えることができました。

3 JR有楽町駅(交通会館地下1階)

 そして、有楽町駅の交通会館の地下に直行。エレベーターホールに黒いアップライトピアノが置かれていました。ここのピアノはなんと午後2時から午後4時という1日2時間しか演奏可能な時間がないレアピアノです。

 誰もいないのを見計らって「戦場のメリークリスマス」を弾きました。観客はいないとはいえ、通行人の数は半端ない。それでも指先が震えることなく、最後まで弾きました。蓋を閉じると後ろから拍手が聞こえます。なんと20代の若い男性が私の背後の椅子に腰掛けていました。「うわっ、恥ずかしい」と思わずこぼし、すぐにピアノから離れました。するとこの男性はさっそくショパンを弾き始めました。身なりもしっかりしていて好感がもてました。どこかの音大生でしょうか? やはり東京ですね。

4 JR高輪ゲートウェイ駅

 最後はJR高輪ゲートウェイ駅です。こちらは過去に弾いたことがあるのですが、山手線の駅のホーム内にある上に、通行人もほとんどいないのでピアノの演奏をするにはうってつけの場所です。この日もやっぱり誰もいません。私は「戦場のメリークリスマス」、ケツメイシの「さくら」、宇多田ヒカルの「桜流し」を気持ちよく弾きました。「桜流し」は途中でなんどもミスタッチがありましたが、どうせ誰も聞いてやいません。

 ところが演奏を終えて振り向くと、男性が二人、私の後ろに立っているではありませんか。どちらももっさい、「お前仕事してるんか?」と尋ねたくなるような格好で、そっぽを向いていました。ふたりとも「おまえの演奏なんてアホらしくて聞いていられない」って感じで。

 私はマナーを守り、さっさと引き上げました。電車を待つ間、彼らのピアノの音は聞こえてきませんでした。

雨、ほくはぼくよりも不憫なひとが好きで窓から街を見ている(木下龍也)

2022年11月 3日 (木)

ストリートピアノ演奏旅行(関西編)

10月下旬に西宮市に開催されたイベントに出席するために出張しました。せっかく関西まで足を伸ばすので、空いた時間で関西のストリートピアノを制覇しようと決めました。

1 大阪モノレール大阪空港駅

初日、昼過ぎに伊丹空港に到着。事務所が大阪駅(梅田)の近くにあるので、モノレールに乗って蛍池駅で阪急に乗り換えて梅田駅に向かうことにしました。

伊丹空港からモノレールの駅までは道路をまたがる連絡通路(歩道橋)があり、大勢の人たちが行き交っています。連絡通路の駅側の出口にピアノはありました。緑色にペイントされたアップライトピアノです。

注意書きを読むとピアノの演奏時間は「7:30〜21:00」「おひとり様10分まで」となっています。ここでは「戦場のメリークリスマス」を弾くことにしました。

調律が行き届いているようできれいな音色です。タッチも最高です。ピアノ演奏中は、通行人は誰も足を止めずに通り過ぎていきます。おかげで私は緊張せずに最後まで弾き終えました。

2 JR大阪駅ルクア1100(イーレ)

阪急で梅田駅に到着してからJR大阪駅のルクアを目指します。ルクアとルクアイーレをつなぐ通路に漆黒のグランドピアノが置かれていました。近づいてみると天蓋の上にはうっすらと白いほこりが積もっています。「なんだかへんだな」と思いつつ鍵盤の蓋を開けようとするのですが開けられない。「どうなってるの?」と思いつつ周囲を見渡すと左側の壁に注意書きがありました。

「設備点検のため、当分の間、休止させていただきます」  なんじゃそりゃ!

3 ACTA西宮東館2階(阪急西宮北口駅に直結)

西宮北口駅に到着したのは午後10時。ここのピアノの演奏時間は「12:00〜17:00」と前もって知っていたので演奏はあきらめていましたが、深夜過ぎてピアノを見に行くのすら諦めてしまいました。この日は西宮駅で宿泊するのですが、翌日は仕事、翌々日は朝7時にホテルを出て、午前中の飛行機に乗って帰らなくちゃいけない。ということでピアノの姿すら拝むことができませんでした。ざんねん!

4 大阪モノレール大阪空港駅

大阪から帰る日。リベンジで別の曲を弾こうと思い、早めに駅に到着したのですが、ピアノがない!

その代わりに「おしらせ」という掲示がありました。「とよなかピアノ緑(ミド)は、10月22日から10月27日正午までご利用できません。このピアノを使った10月23日コンサートに出張するワニ ♪ 」

残念!! でも、コンサートで使うほど良いピアノだというのがわかりました。納得です。

関西にはJR京都駅にもピアノがあるのですが、行程上の問題でいくことができませんでした。次はこちらにチャレンジしてみたいですね。

「これもいい思い出になる」という男それは未来の私が決める(俵万智)