2020年6月28日 (日)

脂漏性湿疹と診察された頭皮のかゆみ フケがこれだけ出ると困る

昨日は皮膚科の診察を受けました。2年ほど前から頭がかゆくて,かくとフケがボロボロとこぼれてくる。特にスーツを着ているときはダークの生地に白いフケが目立つのなんの。恥ずかしい。

私が中学生のとき,ものすごくフケがでる時期がありました。当時は馬鹿げたことをよくしていて,頭をシャンプーで洗ったときにろくに洗い流さずにいたのです。その結果,フケが大量に出るようになりました。原因を聞いてからはちゃんとシャンプーを洗い流すようにしましたが,苦労しました。学生服は黒。フケが落ちると本当に目立ちますからね。

フケと言えば金田一耕助。頭をかいてはフケがパラパラと机の上に落ちる映像が,たびたび映画の中ででてきます。不潔の代名詞でしたけど私の場合はちゃんと頭を洗っているのにどうして? って感じです。

医者の診察では「脂漏性湿疹」。完全に治ることはないとのこと。頭皮への塗り薬を5本もらいました。外用副腎皮質ホルモン剤で「アンテベートローション0.05%」です。

昨日から朝起きたときと風呂上がりに頭髪が乾いた後に薬を塗っているのですが,やっぱりかゆみはなくならないみたい。皮膚病って本当にやっかいですね。

今日は散髪をしたときに,その話になりました。「ところどころ頭皮が赤くなっているところはありますが,さほどひどくはないですよ」というのがご主人の見立て。なんでも健康な人の頭皮は青白いそうです。私の頭皮はやや黄色がかっているということでした。50歳手前となると老化してくるんでしょうか。

私の髪を切りながら,理容室のご主人が「この3ヶ月ぐらいで白髪が増えましたね。内側のほうだから目立たないですけど」とも言っていました。確かにここ最近は苦労しています。白髪が増えるのも無理はありません。

老化を実感するときは,心肺機能の低下が一番大きいと思っていました。ちょっとのことで息が切れる,心臓がばくばくする。運動不足による筋力の低下というのも原因かも知れません。

最近は老眼になって目の焦点を合わせるにも時間がかかるようになり,書類を読むのが苦痛になってきました。こうして衰えていくんでしょうね。いつまでも若くはないなと実感します。

罌粟(けし)ひらく髪の先まで寂(さび)しきとき (橋本多佳子)

鹿児島ユナイテッド開幕戦は黒星 敗戦よりもわからないことがショック!

いよいよJ3が開幕。鹿児島ユナイテッドの試合をダゾーンで観戦しました。対戦相手はロアッソ熊本。アウェーです。

試合は開始から20分は完全に熊本ペース。高い位置でプレスをかけてくるので鹿児島はすぐにボールを奪われる。熊本はボールを奪ってからの反撃が早いので鹿児島のディフェンスが完全にマークがずれている。2点を連続して奪われました。

前半終了前に牛ノ浜が縦一本で抜け出して,ファーサイドのゴールネットを揺らして1点を返します。後半は完全に鹿児島ペース。しかも,ゴール前の水たまりでボールが止まったり,シュートがオフサイドポジションの選手をかすめたためゴールがオフサイドと判定されるなどのラッキーが続いたにもかかわらず,3-1とリードされてしまいます。

最後の20分は,熊本は完全に足がとまり,ゴール前を固めてただボールを前に蹴っているだけの状態に。当然ながら鹿児島はボールを圧倒的に保持しますが肝心のシュートが枠に入らない。昨シーズンのデジャブを見ているようでした。PKで1点返しますが終わってみれば3-2。開幕戦は黒星でした。

敗戦はともかく,メンバーが昨シーズンとこれだけ違うと正直,???状態でした。何しろ鹿児島のツートップが新加入の馬場(背番号50)と酒本。酒本は昨シーズンは右サイドバックだった選手。しかも,両選手とも30代後半です。どういう意図なんでしょう?

驚きはまだまだあります。昨シーズンと同じだったのはセンターバックの水本,左サイドバックの砂森,左サイドハーフの牛ノ浜,右サイドハーフの萱沼,センターハーフの中原だけ。半分以上が新加入の選手で占められています。

昨シーズン大活躍の五領やニウド,そして私のイチオシである藤澤はいったいどうなんてんだ?

謎だ。謎だ。謎だ。

熊本はこの試合がデビューという若手選手が3人スタメンに入っていて,それぞれ活躍していたのと対照的に,鹿児島はベテランばかり。戦術も中央のショート縦パスを多用するのは昨シーズンと同じで,相変わらずマイナスのセンタリングは少ない。サイド攻撃ではフォローがいなくて孤立するところも昨シーズンと同じ。どうも金監督の意図がよく分からない。

ひとつ評価をするなら,2点のビハインドがあってもやけくそになっての前掛かりがなくなったこと。昨シーズンは攻撃性を前面に出しすぎてカウンターを浴び,逆に大量失点を招くことが多かった。J3に降格したのは個々の試合の勝敗にこだわりすぎて1年を通してのリーグ戦の戦い方がきちんとできていなかったことが原因です。その反省を踏まえてのことなのかは不明ですが,きっちりとゲームをつくっていたのは希望がもてます。

それにしてもプレーヤーの半分が知らない顔なんてつまんない。とりあえず選手の情報を集めましょう。そして無観客試合ってつまんない。私はやっぱりナマでみたい!

ぽんと腹をたたけばムニュと蹴りかえす なーにおもっているんだか,夏 (俵万智)

2020年6月27日 (土)

ようやく小料理屋のおばちゃんも営業再開 話題は知事選ばかり

昨日は仕事を午後6時に切り上げ,なじみの小料理屋へ足を運びました。

二週間前にお店にいったときにはまだ休業中だったため,事前に電話で確認をしたのですが,それが続いていたら迷惑かもと思い,事前の電話はせずに直接お店に行ってみました。

幸い店の看板には電気が灯(とも)っていて,入り口の網戸ごしにおばちゃんがテレビを見ているのが見えました。「こんばんは」と店に入ると「あら,いらっしゃい」といつものように迎えてくれました。蒸し暑い日だったので冷えたビールを注文すると,おばちゃんがしゃべり始めました。

「実は営業を始めたのが昨日からなのよ。自粛制限が先週までだったのは知ってたんだけど2ヶ月以上お店を閉めてたでしょ。なかなかきっかけがないから,ずるずると引き延ばしていたの。そしたらおととい,常連のお客さんから電話があったの『今日は午後4時から予約を入れてくれ』だって。開けてないから仕入れもしてないでしょ。困っちゃってね。これじゃいけないと思ってお店を開けることにしたの。魚市場は水曜日が休みでしょ。だから今日の魚も昨日仕入れていたものよ」

この日の料理は,お通しがおにしめ。次にイワシの素揚げ,甘エビと白身魚のお刺身,最後がすき焼きでした。すき焼きといっても白菜がないので,牛肉と豆腐に野菜昆布とチンゲンサイが添えてある変わり鍋。溶き卵に浸して食べましたがとても美味しい。

私が料理を食べている間,おばちゃんの話題は知事選挙のことばかり。「私は現職と前職にはぜったい投票しないよ。魚市場に行っても,私の友だちが集まったときも,そういう人ばかり。塩田がいいんじゃないかっていう人が多いけど,あなたはどう思う?」

「そうですね。私は前職の伊藤さんかな。今の知事とは違って私利私欲を県政に持ち込むようなことはなかったからですね。その他の人はよく分からないけど,塩田さんは中央官僚だけど腰が低いって話は聞きました。それ以外の候補者のことは聞かないなあ。ただ,おばあちゃん医師は激務の知事職が務まるのかちょっと心配ですね。青木アナウンサーも知名度が高いから女性票があつまるかも。いずれにせよ,これだけ乱立すると誰が当選するのかわからないですね,選びがいがありますよね」

「あなたはいろいろよく知っているわね。私はそういう情報がまったくないでしょ。だから,えいやっで選ぶしかない。前回の選挙は反伊藤で投票したんだけど,さらに悪い方になっちゃったわ。前回は一騎打ちで選びようがなかったからね。そう後悔している人が私の周りには多いわよ。今回はちゃんと考えて投票しないといけないわね」

そんなこんなで料理を食べ終えました。「事前に電話してくれればあと一品ぐらい準備していたのに」と残念そうに話していましたが,私のおなかはもういっぱい。最後にキューイフルーツをいただいて全部で2500円。しかし,これでは安すぎる。それに今日もお客は私1人だけ。千円札3枚をカウンターに置いて店を出ました。

鹿児島県知事選挙に7人の立候補者がいるのは,このままでだと県はいけない方向に向かっているという危機感の現れなのでしょう。でも乱立の結果,現職に利するとなったら本当に悲劇(喜劇?)ですね。二週間後,どうなることやら。

この道に逢ひて別るる山萩の花のをはりのしづかなる虹 (藤井常世)

2020年6月22日 (月)

特別給付金10万円の使い道

鹿児島市の特別給付金の手続きで,関係の書類を今月1日にポストに投函して20日が過ぎました。銀行口座を確認してみましたが,まだ私と妻の給付金20万円は振り込まれていませんでした。

夫婦で20万円と言えば大金です。妻からどうする?と相談されたとき,私は自説を述べました。

「ちゃんと受け取った方がいいよ。受け取らずに国のお金のままにしておくと,その分市場にはお金が出回らない。今回のコロナ騒ぎで商売をしている人はお金がなくて困っているんだ。私たちは貯金したりせずに,使ってしまおうよ。特に買いそろえるような物がなければ外でおいしいものを食べよう。これは無駄遣いをしようといっているんじゃないよ。この機会だからこそ,大切なこと,好きなことにお金をつかおうよ」

妻も賛同してくれました。対価がないのにお金を受け取るのは若干の後ろめたさがあります。関西に住んでいる大学生の娘からも,特別給付金を受け取ることに戸惑いの電話があったようです。

しかし,妻から大事に受け取って大切に使うよう話をしたら納得したようです。ただでお金をもらうことに躊躇(ちゅうちょ)する。それがごく普通の考え方でしょう。娘が常識をもって育ってくれて感謝しています。

もう一人の娘はコロナ騒ぎでアルバイトを3ヶ月ほど休みました。どうやらお店が休業を余儀なくされたようです。6月からアルバイトが復活しましたが,勤めている会社からは休業補償として7万円が支給されたそうです。ちゃんとした会社でアルバイトをしていると安心しました。それにしても休業補償が7万円とはいったい1ヶ月の稼ぎはいくらなんだと仰天してしまいます。

私と妻の場合,20万円で外食することで落ち着きました。週末1回,二人でデートをして食事をするのです。どちらも小食なので二人であわせて5000円も届かないでしょう。20万円を使い切るとなると,40回も外食できます。となると来年の春まで毎週デートができそうです。

長い夫婦生活,こんな1年があっても罰はあたらないでしょう。

アボカドの固さをそっと確かめるように抱きしめられるキッチン (俵万智)

2020年6月21日 (日)

自己責任を否定すればするほど自由は奪われていく 「貧乏はお金持ち」

「貧乏はお金持ち」(橘玲)を読みました。

10年以上前に読んだことがあるのですが,今の会社を辞めてマイクロ法人を設立しようと考えているので,改めて同書を読みたくなったのです。

マイクロ法人とは1人会社のことです。株主1人,役員1人,従業員ゼロ,というシンプルな法人です。個人所得だと収入に対して課税されますが,法人の場合は収入(売上げ)から支出(経費)を差し引いた利益に対して課税されます。このからくりを最大限に活用し,法人としては赤字でもサラリーマンよりも節税できるという意味で実質所得は増えるので,「貧乏はお金持ち」と題しているのです。

著者の主張は明快です。「国家に依存するな。国家を利用せよ」

私は若いときから,国家や地方自治体の国民生活への関与は最小限であるべきだと考えていました。国家の役割は秩序維持や安全保障など限定的であるべきで,国民の社会生活に対して国家が深く関与することは危険なことだと考えていました。今でもその考え方に変わりはありません。

だからこそ,今のコロナ騒ぎに対して違和感を覚えるのです。国民全員に移動自粛や営業自粛を要請し,10万円の給付金をばらまく。私に言わせれば,国家によって私たちの自由が奪われ,国家による買収行為によって勤労意欲の低下を招きます。これは私の大嫌いな共産主義の考え方です。

「貧乏はお金持ち」はリーマンショック後の不況時に上梓されました。著者は言います。「自己責任を否定するひとたちは,決まって国家や会社やグルーバル資本主義を非難する。だが,理不尽な現実をすべて国家の責任にしてその解決を求めるのはきわめて危険な考え方だ。国家とは,無際限に自己増殖するシステムである。マスメディアが『危機』を煽(あお)れば,国家はそれを格好の口実にさらに肥大化しようとするだろう。国家が巨大化すれば,その分だけ私たちの自由は奪われていく。私たちは自由でいるために,自分の行動に責任を持たなくてはならない」

橘玲のこの意見をそのままコロナウイルスに言い換えても,まったくそのまま通用します。マスコミが危機を煽り,国家にばらまきや対策を要求すればするほど,私たちの自由は奪われていく。

「隷属への道」で共産主義経済を批判した経済学者のフリードリッヒ・ハイエクは,「消極的自由」を擁護しています。「消極的自由」とは,国家などの他者による強制からの自由のことです。そうした制約のない環境で何をするかは各自に任されているとしています。その反対の「積極的自由」とは,理性に基づく理想状態(差別のない自由な社会)を設定し,ひとびとをそこへ導くことを目指します。かつてのソビエト連邦,現在の北朝鮮です。その行き着く先は「収容所列島」です。

本書も一貫して人生を消極的にしか語っていません。だから「お金の稼ぎ方」については何も示していません。それを期待している人は怒るでしょう。さらに本書の最後には「お断り」として,「本書の内容を実践することは読者の自由ですが,それによって仮に精神的,物理的,経済的等の損害が生じたとしても,著者及び出版社は一切の責任を負わない」とあるのは,とても象徴的です。

「この日本の閉塞状況を変えるものがあるとすれば,それは理想主義者の空虚なかけ声ではなく,少しでも得をしたいというふつうの人々の欲望である」と最後に結んでいます。私も強く賛同します。私自身が,自由に自分の人生を生きるときが来たようです。

「退職の理由の例」のいずれにもあたらず「定年,転居,結婚」 (俵万智)

大隅半島への小旅行 かのやバラ園 荒平天神 たるたるぱあく

先日のテレビニュースで,かのやバラ園のあじさいが見頃を迎えていると報じていました。妻とドライブで行ってみることにしました。

午前10時半頃に鹿児島市内を出発。最初は国道10号線を北上します。加治木の「丸亀製麺」でお昼を食べました。2人とも「かけうどん」を注文。それにトッピングの天ぷらとしてさつまいも,かぼちゃ,イカを選びました。全部で950円。こんなに麺が太くてぶっつり切れてたかなあ,というのが感想。なんだか味が落ちているような気がしてちょっと残念です。それにしてもうどんのつゆをセルフで蛇口から入れるというのも驚きですね。回転寿司のお茶みたい。

10分程度で食べ終えると加治木インターから高速道にのりました。12時30分ごろにはかのやバラ園に到着。曇天で風がつよく,雨もぱらぱらとして肌寒い天気。それでも家族連れや夫婦が数組来ていてそれぞれ楽しんでいる様子でした。なにしろ鹿児島県人は「ただ(無料)」に弱いですからね。

アジサイは確かに見事でした。私の背丈よりも大きいアジサイがあちこちにあり,妻もここまでは育てられるんだと気持ちを新たにしていました。我が家の庭のアジサイは膝丈程度で成長が止まっています。まだまだ努力が必要のようです。

そのほか,妻が注目したのはサルビア関係の植物。私は疎いのですが,妻はいろいろ品種を見ては次はこれを植えようかしらと品定めをしていました。転んでもただでは起きぬというか,職人気質(しょくにんかたぎ)なんですよね。

そのまま錦江湾側の県道を経由して戻ることにしました。途中,荒平天神によりました。海岸から30mほど離れた島(岩礁)に砂州(さす)ができてつながっています。その島には菅原神社が祀られています。国道沿いに5台分程度駐車場があるのですがいっぱい。夫婦やカップルばかりでした。私たちと同じです。

それにしても砂州を渡ってからが大変。神社に行くための階段が急勾配,最後の10段ほどはロープをにぎりしめて昇りました。島の最も高いところにほこらがあり,ここにご神体が収められているようです。降りるときはもっと怖かった。ちゃんと手すりはあるのですが,この手すりは金属製なのにつなぎ目がビニールテープで巻き付けてあるだけ! 溶接ぐらいしてくれよと言いたくなります。幸いガタガタ揺れることはありませんでしたけど,ちょっと心配になりますよ。

さらに北上して「道の駅たるたるぱあく」に寄りました。垂水港から南にすぐの国道沿いにあります。こんな立派な施設ができているなんて,まったく知りませんでした。さっそく駐車場に立ち寄り,中を見学しました。

一番目を引いたのは「ドクターフィッシュ」。子どもたちが水槽に足を入れています。そこにメダカのような小魚がいっぱいまとわりついています。どうやらこの魚が人の古い皮膚を食べるようです。5分間で500円。これだったらチャレンジしてみたくなります。

もう一つ注目したのが「あっちゃんの店プラス」。建物が別なのですが,フランクフルトや棒メンチカツなどのテイクアウト商品が置いてありました。私と妻と一緒に食べましたがお味がグッド。フランクフルトは皮がぱりぱり。中もジューシーで本当にお肉の味がします。棒メンチカツも本当に美味しい。そこらの惣菜ではたちうちできない,アツアツのメンチカツでした。こちらもお肉本来の味が満点。人気商品のスペアリブが売り切れだったのがちょっと残念でした。

しかし,道の駅全体としての商品の品揃えは今ひとつ。これだけ広い売り場なのに,地元の産品が占める割合は2~3割程度。加工品のほとんどは県外で製造された商品。地元生産者から仕入れるルートがないのか,あるいは野菜や魚介類などの生鮮が売れないのか,私には分かりませんが,これじゃあ,早々に衰退しそうです。建物が立派なだけにソフトの充実が望まれます。

最後は桜島フェリーに乗って鹿児島市へ戻りました。自宅に到着したのは午後4時。ちょっとくたびれてそのまま夫婦とも横になって寝込んでしまいました。でも,ここちよい疲れでした。

トーストにハチミツをぬり四十年変わらぬ朝のメニューととのう (俵万智)

2020年6月20日 (土)

今夜から飲み会の自粛解除 コロナに振り回されて5ヶ月目の夜

会社の終業間際,上司から「飲み会自粛解除」のお知らせがありました。当社では新型コロナウイルスの影響で飲み会・懇親会・接待を自粛していたのですが,それを解除するとのこと。本日から全国的にも県をまたぐ移動の自粛要請が解除され,プロ野球も開幕。そういう事情があったようです。

振り返ると今年は1月に職場の新年会を開催したのが飲み会の最後。送別会や歓迎会は自粛のままでとうとう6月下旬を迎えました。長い長いトンネルでしたね。

職場でつけていたテレビでは,「かごしま国体」の延期決定というニュースが流れています。延期と言っても来年度以降でいつ開催できるのかわからないということなので,事実上の中止です。国体もそうですが,私も1月からコロナに振り回されっぱなし。コロナというよりもそれに対応する社長のわがままが混乱に輪をかけました。私はコロナ対策に対するさまざまな不満を上司にぶちまけて退社したのは午後8時でした。

バスを乗り換えるために鹿児島中央駅で降りました。今日から飲み会の自粛解除があったことを思い,ベル通りの居酒屋「あいがて家」に寄ってみました。ここは午後4時から営業という看板が出ていたので,以前から気になっていたのです。

お店のある2階に上がり,扉を開けると店内はカウンター中心の構成。2人掛けの長椅子がカウンターにそって並んでいます。2人連れを想定したお店なんて珍しいと思っていると,カウンターに座っていた若い女の子に目がとまりました。会社の新入社員でした。どうやら友人と2人で飲みに来たようです。お互い気づいたので軽く会釈をして,私はカウンター奥の席に座りました。

メニューを開くと串料理が並んでいて,品数は普通の居酒屋よりもずいぶん絞っています。ドリンクはサワーが中心でビールがない! おとおしは「生野菜のサラダ」とメニューにでている珍しいスタイルです。きっと若い女性客を狙っているんでしょう。

お薦めとあった,チキン南蛮,トロ鯖,塩手羽の串を1本づつ注文し,飲み物は島美人のお湯割りをグラスでお願いしました。

焼酎をちびちび飲みながら,今日一日の会社での出来事を振り返りました。他の部署との嫌な仕事の押し付け合い。社長の指示によって事業を進めてきたのに社長からはしごを外されて責任を取らされている上司。直属の上司のパワハラで抑うつ症状の部下の面談。コロナ騒ぎで長時間労働の部下を何人も抱えている私に対する人事担当者からのヒアリング。・・・。

焼酎を飲み干して,ふと前を見ると,新入社員の女性がカウンターで友人と談笑している姿が見えました。若さで輝いています。私のことなぞ目に入らないようで夢中になっておしゃべりをしていました。人生を謳歌している瞬間のでしょう。とてもまぶしく感じられました。

バスに乗る時間になりました。レジで締めて1900円。中年のおじさんがひとりで心の整理をつけるにはリーズナブルだと思います。これで家に帰ります。悩みは尽きないけれど,明日はまたやってくるからね。

砂の上に死ぬる駱駝(らくだ)の心をも今夜(こよい)悲しみ夜ふけむとす (柴生田稔)

2020年6月17日 (水)

「猫を棄てる 父親について語るとき」を読む

「猫を棄てる 父親について語るとき」(村上春樹)を読みました。

村上春樹の父親の半生をエッセイ風に描いた小品です。幼い頃の村上春樹が父親と猫を棄てにいく思い出からこの作品は始まります。自宅で飼っていたネコを父親と一緒に遠くの海岸に棄てに行き,急いで自宅に帰ってみるとそこには猫が戻ってきていたという不思議なエピソードが,なんとなく,父親の数奇な人生を示唆しているようです。摩訶不思議な村上ワールドと,一切の妥協を許さない戦争という過酷な現実の間を,この父親が村上春樹を通じて交互に行き来をします。

父親が所属していた師団,連隊は,太平洋戦争初期のバターン攻略戦で壊滅し,太平洋戦争末期のレイテ決戦でも同様に全滅します。父親はちょうどこのとき,大学に復学していたため戦後まで生き延び,村上春樹の母親と出会い,そして村上春樹が生まれます。

村上春樹は,この偶然の積み重ねの結果として受けた生について,このように表現しています。

「言い換えれば我々は,広大な大地に向けて降る膨大な数の雨粒の,名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど,交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には,一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史があり,それを受け継いでいくという一滴の雨水の責務がある。我々はそれは忘れてはならないだろう」

私は若い頃,自分自身に人間の価値があるのか,という問いを立てていました。こんなことを悩んでもしょうがないのでしょうけど,私なりの答えを見つけました。

そもそも人間の価値があるとはどういうことでしょう。人によっては,ナポレオンのような英雄だったり,ナイチンゲールのような多くの人を救う人であったり,アインシュタインのような人類の発展に貢献する物理学者を思い浮かべることでしょう。

わたしはそういう人間ではありません。では,そういう人間ではないから価値がないということか? いいえ,私はそれをきっぱりと否定します。

ナポレポンのような英雄も彼一人では存在し得ない。彼の両親がいて,さらに彼の両親がいて,さらにそのご先祖から命を受け継いできているのです。無名のご先祖様が命をつないでいたからこそ,ナポレオンは誕生したのです。そして,彼が生まれた時代,彼に影響を与えた全ての人々。このような無数の人々の奇跡のようなつながりが彼を英雄にしたと考えています。

それはナイチンゲールであっても,アインシュタインであっても同じです。

私は平凡なままこの人生を終えるかもしれません。そうだとしても,私の娘たちが,あるいは娘の子どもたちが世界のリーダーになるかもしれません。私の子孫はそうならなくても,私の言動に影響を受けた人々が,未来の鹿児島の発展のために尽くすかもしれません。そう考えると,私がどんなに無価値と言われようと,今ここに存在していることは十年後,百年後には必要であったということになるかもしれないのです。

村上春樹は父親との関係は長く疎遠だったことが,このエッセイには度々紹介されています。それは不幸な出来事なのかも知れませんが,父親から村上春樹に受け継がれたものがあちこちに見え隠れしています。それははっきりしていなくても,確かに存在しているのです。

思い出となりたるゆえに痛切の過去やすやすと語られている (尾崎左永子)

2020年6月16日 (火)

アミュプラザのソーシャルディスタンス 矛盾だらけの世の中

今日は会社をさぼり,定刻前に退社しました。

空は青空,梅雨とは思えない天気です。しかも湿度が低いのか風が心地よく感じられます。市電に乗り,アミュプラザに向かいました。仕事帰りにアミュプラザに寄り道するのは4ヶ月ぶりでしょうか。

かつてのように,鹿児島中央駅前のイオンの地下食品売り場で缶ビールとミックスナッツを買い,アミュ地下のフードコートに足を運びました。かつては机と椅子が数珠つなぎ,全部で200席以上はあったと思うのですが,今や数メートル間隔でぽつんぽつんと机が置かれ,机に椅子が1脚あるだけ。夫婦で同じテーブルを挟んで座ることすら許されない状態になっています。

5,6人のグループでやってきた女子高生たちは,どのグループもフードコートをぐるりと散策して出て行きました。こんな隙間だらけのフードコートじゃ,おしゃべりなんてできやしない,と諦めたんでしょうね。これじゃあ,営業再開したからといって儲けはでないでしょ。こんな閑散としたところじゃ。

缶ビールを飲み干すと4階の紀伊國屋に上がりました。マイクロ法人について詳しい「貧乏はお金持ち」(橘玲)などを買ったところで,まだバスの出発時刻まで時間があります。久しぶりにひとつ上のレストラン街に上がってみました。

2年前にはよく通っていた「うまや」を横目に見ながら,あちこちぶらつきました。「CLOSE(閉店)」の看板が入り口に立っているコーナーが3か所ほどありました。アミュプラザの2ヶ月の営業休止によって採算が合わなくなって撤退したのか,それともまだ客足が戻らないからと休業を続けているのか。いずれにせよ,レストラン街の中に,電気のついていないコーナーやテナントがあると寂しさを際立たせます。

先週の金曜日に鹿児島市で,久しぶりに新型コロナウイルスの感染者が確認されました。感染経路が不明だと騒いでいるその一方で,「ディスカバー鹿児島」という観光ホテル無料券に申込が殺到して県に苦情が寄せられているとのニュースもあります。相反するようなニュース,そのどちらも批判しているマスコミはどういう立場なんでしょうか。感染経路が不明だから外出するときは注意せよと県民に呼びかけるならば,観光キャンペーンなんて中止せよ,と主張しなければならないはずなのに,無料券がもらえないという県民の声を喜んで放送しています。もっと無料券をばらまけと言わんばかりに。

私は新型コロナウイルスの感染者が県内で数百人,数千人確認されたとしても気にしません。もう忘れている人も多いかもしれませんが,新型コロナウイルスはインフルエンザと基本的には同じです。必要以上に恐れる必要はありません。

そして観光キャンペーン。たかが1万円の無料券をもらえないからといって,それがテレビで毎日報道することなんですか? 私はキャンペーンに参加する気はまったくありません。私はそんなに暇じゃないし,だいたい県内のホテルに泊まる必要なんてないでしょう。日帰りできるんだから。

これまで何度も言ってきましたが,マスコミには定見なんてありません。ただ庶民の不平不満の声を垂れ流しているだけです。これで世の中よくなるはずはありません。だって矛盾しているんですから。そしてマスコミ報道を鵜呑(うの)みにする人は最悪です。自分が正義と思っている分,もはや救いがない。

自(みずか)らを弔(とむら)うようにゴミたちは腐敗(ふはい),自然発火をなせり (俵万智)

2020年6月14日 (日)

新刊を次々出しても販売総額はどんどん減少 これこそ構造不況だった

私が中学生の頃は週刊ジャンプの販売部数が朝日新聞のそれを超えるかの勢いがありました。実家の本屋は非常に賑わっていたものです。当時は1日に200人を越えるお客がありました。

ところが大学生の頃から風向きが変わってきます。大型の郊外型書店が近所に出店し,コンビニエンスも次々と開店。雑誌の売り上げは激減し,一日の売り上げは私が小学生の頃に逆戻り。

大学卒業後,就職の内定がとれなかったことから,私はしばらくの間,実家で働いていました。しかし,いつも閑古鳥が鳴いていました。このままではいけないと思い,私は就職活動を始め,幸いなことに会社に就職することができました。

当時,売り上げが減少したのは競争に負けたからだと思っていました。それが「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」(橘玲)を読んで,私の認識が間違っていたことが分かりました。

いうまでもなく,本は定価販売です。1000円の本が1部(冊のこと)売れれば,出版社が700円,問屋(取次)が100円,本屋が200円を受け取るとします。本屋が10部入荷して6部が売れた場合,本屋の収入は200円×6部で1200円になります。6ヶ月後,取次は本屋に請求するので,本屋は取次に(1000円-200円)×6部の4800円を送金し,そして残りの4部は取次に返品します。すなわち,売れ残った4部は6ヶ月以内に返品すれば取次から請求されない仕組みになっています。

ところが出版社は違います。1000円の本を10部取次に送れば,翌月には7000円(700円×10部)を取次から受け取ります。そして6ヶ月後,本屋から取次に4部の返品があれば,出版社は2800円(700円×4部)を返金することになります。すなわち,それまでの5ヶ月間は2800円の仮払金(無利子融資)を受ける特典があるのです。この結果,出版社は仮払金をあてにした自転車操業を続けるようになっていきました。誰でも易(やす)きに流れるのです。

このような出版界の構造があるとき,出版社は次のような行動をとります。1 できるだけ本をたくさんつくる。 2 できるだけ部数を多くする。 出版社は独自の判断で新刊本の企画をすることができました。

取次は次のような行動をとります。3 返品率をできるだけ下げる。そして取次は過去の実績に基づいて本を出版社から何部仕入れるか決めることができます。そうなるとどうなるのか。

本屋からの返品が増えると取次は出版社から仕入れ数を減らします。出版社は仮払金(無利子融資)がないと経営が危うくなるので部数を増やす(仮払金をたくさん受け取る)ために新刊本を発行するのです!

これを読んで「はた」と思い当たりました。私が本屋で働いていたとき,恐ろしいほどの新刊本が出版されたのです。そして雑誌も驚くほど種類が増え,とくにエロ本の新刊や創刊号が次々と本屋に届くのです。

出版業界に詳しくない人は知らないでしょうが,新刊本や雑誌の創刊号は取次が独自の判断で本屋に送りつけるのです! 本屋はそんな新刊本をとりあえず書棚に置こうとしますが,じゃんじゃん本の種類が増えてくるとスペースが足りなくなる。そうなると新刊本が届いても,これは売れないと本屋が判断すればその日のうちに全部返品します。そうなると返品率がさらに跳ね上がります。

当時の私は,本の販売部数と本の種類が反比例しているのは知っていましたが,これは消費者のニーズが多様化したからだと思っていました。しかし,真相は自転車操業状態にあった出版社の苦肉の策であったのですね。

情報化社会の現代,私はこの事実を20年経ってから認識でいました。いかに情報に疎(うと)いことか。私の両親はこんなことはつゆほども知らないことでしょう。最近はお客さんの来店は1日に10人もありません。その一方で,近所の大型の郊外書店は次々閉店。コンビニも開店と閉店を繰り返しています。出版業界の構造不況であればさもありなん。でも実家は今でも存続しています。それって実はすごいことなのかも。

トロウという字を尋ねれば「セイトのト,クロウのロウ」とわけなく言えり (俵万智)