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2022年11月17日 (木)

「ロシアは何をめぐってウクライナ・欧米と対立しているのか」(宇山智彦)を読む

小論「ロシアは何をめぐってウクライナ・欧米と対立しているのか」(宇山智彦)を読みました。

ロシアは今年2月下旬にウクライナに侵攻。プーチンはあれこれ言って正当化しようとしていますが、その主張の背景を解説したのが、この小論です。

論者によれば、2000年代後半、ウクライナのNATO加盟にNATO諸国の大半は消極的でした。したがってNATOの拡大がロシアの脅威だというプーチン大統領の主張を額面どおりに受け取ることはできないと言います。

プーチン政権は、ロシアは欧米と対等か、それ以上の権利を国際社会で持つべきだと考え、欧米が自分たちだけに特別な権利があるかのようにふるまうことに対して怒っているのだというのです。

ロシアの欧米への敵対心の原因は、自らの安全が脅かされたことではなく、欧米中心の国際秩序への不満とリベラルな価値観への敵意にあります。2010年代、台頭する中国に対比して欧米は弱いという認識をロシアが持ってから、ロシアは攻勢に出始めました。そこにみられるのは力による勝負の論理であり、欧米がロシアの要求に譲歩していればウクライナ侵攻は起きなかったという見方は的外れであることがわかります。

また、プーチンが「ジェノサイド」と称するのは、ウクライナ軍と新露派勢力であるドネツク人民共和国・ルガンスク人民共和国との戦闘のことです。この戦闘では双方に同程度の犠牲者がでていて決して一方的に虐殺しているわけではありません。そもそもこの戦闘はロシア人工作員・戦闘員の流入やロシア軍の介入によって長期化していたもので、侵攻の理由とされる状況自体、ロシアが作り出したものです。

ではなぜプーチンはウクライナに執着するのか。その答えはプーチン自身の言葉で表現すれば、ウクライナが「われわれ(ロシア)の歴史的領域」であるこということにあります。外国と民族主義者の連携、レーニンの誤り、そしてソ連崩壊という「20世紀最大の地政学的惨劇」がなければ、ウクライナという国家は存在しなかったはずだというこです。

本来ロシアの一部であるとプーチンが考えるウクライナが、欧米に接近してNATOやEUへの加盟を希望し、リベラルな価値観も受け入れるというのは、彼にとって、バルト三国が欧州に統合されるのとは異なる、許し難い問題となるようです。

小論は、プーチン政権の野心と実力のギャップがもたらすのは、攻撃的行動の収束なのかエスカレーションなのか、という問いをもって締めくくっています。

11月9日に、ウクライナはヘルソンを奪回しました。東部方面では激戦が続いて膠着状態にあります。南部戦線もドニエプル川を挟んでロシア、ウクライナ両軍が対峙したまま冬を迎えることになりそうです。

ロシア軍のヘルソン撤退は国防省が勝手にやったこととして、プーチンは無関係を装っています。また、ロシアの領土と主張するヘルソンではインフラを破壊し、ロシアの主張する「ロシア国民」を苦しめています。

こうしてプーチンが唱えていた侵攻正当化の理由は、自らの行為によって次々と偽りであったことを明白にしています。まさに論者の言う「野心と実力のギャップ」が混乱に拍車をかけています。プーチンはそれでいいのかもしれませんが、ロシア国民は混乱の極みに達するでしょう。これ以上の戦闘はロシアの国力を奪うだけです。プーチン自身がこの侵略に終止符を打つ可能性がほとんどない、そしてプーチンを打倒する制度がなく、政治的なライバルも不在である以上、ロシアの分裂と貧困化は不可避といってもいいすぎではないでしょう。

神の像投げ込まれいるガンジスに神より静かに浮く死体あり(俵万智)

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