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2022年9月

2022年9月20日 (火)

東大卒の落語家春風亭昇吉の講演録「落語家その知られざる世界」を読む

春風亭昇吉は、岡山大学に入学後、猛勉強して23歳のときに東京大学文科2類に合格。経済学部卒業のときには当時の小宮山総長から第1回東京大学総長大賞を受賞しています。

すごい経歴ですね。もっとも受賞の理由は「2006年の全日本学生落語選手権に出場して『まんじゅうこわい』という演目で策伝大賞を受賞したことや落語ボランティア活動で社会貢献したことが評価された」というのがオチになっています。

卒業後、春風亭昇太に入門。2021年5月に真打ちに承認しました。

落語の弟子になるのも大変ですね。入門そのものがハードルが高いということですが、最近は弟子志願もさまざまで、普通は師匠を楽屋待ちして「師匠、弟子にしてください」と土下座するものですが、今の若い人たちは違うようです。

「私を弟子にする。○か✗か」という往復はがきが届いたり、ホームページからの問い合わせで弟子志願がくるそうです。本気度がどの程度かという問題はともかく、笑ってしまいますね。たぶん、そういうやり方しか思いつかないんでしょうね。

さて、春風亭昇吉の場合、「私はこういうものです。師匠の芸にほれました。入門させてください」という手紙を書き、履歴書を添えて、独演会が開かれていた某市民ホールの楽屋口でファンレターのように師匠に渡したそうです。どんな輝かしい経歴の持ち主もすぐには入門できず、何回も通ってお願いしなければならないそうです。

その後師匠から電話があり、「一度話を聞こう。落語家は食えないぞ」と言われたそうです。このとき師匠は履歴書を見て「自分を東大卒だと思い込んでいる頭のおかしいやつが来た」と思ったそうです。(笑)

そして面談の席で、師匠が「親はどう思っているんだ。家業はなんだ?」と昇吉に質問したとき、昇吉は緊張のあまり「か行ですか。かきくけこ」と答えたようです。(ほんまかいな。笑)

無事入門が許され、春風亭昇吉の修行が始まります。あれこれ苦労話があるのですが、私が感心した点が2つありましたので紹介します。

「言い訳をしない」 誤解や理不尽な理由で怒られたとき、一般社会なら理由を説明して反論できます。しかし、落語の世界には「言い訳してはいけない」というルールがあるので「どうも申し訳ございませんでした」で終わりです。

「わざと怒られる」 お客様がいる打ち上げの席などで、師匠に焼酎の水割りを作ることがあります。師匠がグラスを飲み干してから次の一杯をつくることになっていました。これを「飲みきり」といいます。しかし、それを知らないお客様が「もうすぐなくなりそうだから新しくつくれ」を言うことがあります。そのとき「師匠は飲みきりなんです」というと口答えをしたことになるので、師匠のところへ行って「師匠、新しいのをおつくりします」と言います。すると師匠が「俺は飲みきりだ。何度言ったらわかるんだ」と怒ります。その様子をお客様にみせてお伝えしていました。

この「言い訳をしない」「わざと怒られる」は、わかっていてもなかなかできることではありません。まして東大卒といえば相当のプライドもあるはず。ここまで腹をくくって落語修行をしていたということに感動しました。

私は50歳をすぎていますが、昇吉師匠を見習いたいですね。

永遠に沖田よりは年上で土方よりは年下な気が(田中有芽子)