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2022年11月13日 (日)

皆既月食の夜 甲突川をふたりで歩く

11月8日。この日私は、ひさしぶりに飲み友達と鹿児島中央駅近くの居酒屋で飲む約束をしていました。時間ちょうどに待ち合わせ場所に現れた彼女は耳にピアスをつけていました。今まで見たことがなかったので話をふると「これまで長くつけていなかったから穴がふさがってきているみたいね。つけるのに時間がかかっちゃった」

私は焼酎のお湯割り、彼女はサングリアを注文。おばんさいの3種盛りを1人分注文して、近況を語り合いました。彼女と会うのはおよそ半年ぶりです。

「今日は皆既月食だよね」「ああ、天王星の星蝕もあるのは数百年ぶりだと報道されていたね」「もうそろそろ完全に隠れるよ。午後7時59分が皆既の最大ってなってる」 彼女はスマホの画面を見せながら「月食を見に行こうよ」

飲み始めて1時間も立たないうちに店を出て、鹿児島中央駅のアミュ広場に2人ででかけました。数十人の高校生らが一列にならんでスマホを空に向けています。私と彼女と2人、その列の中に分け入り夜空を眺めると赤黒い月が見えました。月の上のほうがわずかに白んでいます。

「もうちょっと白いところが残っているね」「ねえ、もうしばらく飲まない?」 近くのファミマで私は「眞露(すもも味)」、彼女は日本盛のアルミ缶を購入。大勢の人たちが通行する脇で花壇にもたれかかり、お互いの酒を交換しながらしばらくお月見しました。

通行人のなかには彼女の会社の同僚の姿が数人ありました。彼女が気づいても、同僚たちはこちらに視線を向けることなく通り過ぎていきます。「最近、上司にイライラすることが多いんだよね」と彼女は仕事の不満を静かに語りだしました。私はただ静かに聞いていました。

午後8時。皆既の最大です。そこで私は彼女を別のお店に誘い、日本酒を1杯だけ飲み、帰ることにしました。

彼女は歩いて家に帰ると言うので、二人で甲突川の堤防にそって歩きました。月食が終わりに近づいてきます。しだいに月は白く輝く部分が増えてきて、彼女の家まであと少しとなったときには、いつものような白銀の満月になっていました。風はほとんどなく、雲もありません。私たち二人だけがこの世界にいるような素敵な夜でした。

「じゃあここで別れようか」と言って、私は道路の向こう側に渡ろうと信号が青に変わるのを待っていると、彼女は私のとなりで黙って立っています。「どうして帰らないの?」「信号が青に変わるまで私も待ってる」あとは無言でした。というか、こういうときって言葉はいならないのですね。彼女の幸せそうな微笑みをみて、私は自宅へと帰りました。

砂浜を歩きながらの口づけを午後五時半の富士が見ている(俵万智)