2019年4月14日 (日)

尾木ママへの反論 朝日新聞耕論「作品に罪はない?」のピエール瀧問題

4月11日の朝日新聞の耕論では、ピエール瀧出演作品の公開自粛を巡る問題について、3人の識者・関係者の見解が掲載されていました。

このなかで尾木直樹氏は「薬物汚染の弱者である子どもを守る」立場から、作品公開は自粛すべきと主張。その理由は「彼の作品が平然と出続けたら、子どもたちに薬物の恐ろしさは『大人が大げさに脅しているだけ』と受け止められてしまう」というもの。ドーピングでは選手からメダルが剥奪される例をひき、俳優の名演技が薬物摂取による「ドーピング」的効果なら厳しい姿勢で臨むべきだとしています。

尾木ママの主張について個別に考えてみます。

まず、子供への影響について。作品公開は子たちへ誤ったメッセージを送りかねないとの主張は疑問です。まずは子どもに対して薬物依存症に関する正確な知識を教えてください。作品公開と子どもへの影響の因果関係はよくわかりませんが、あるとしても公開自粛は筋違いではありませんか?

次に、ドーピングのメダル剥奪について。ドーピング行為への制裁はそもそも選手たちの生命を守るために行われています。そして競技がフェアに行われなければ根絶できません。それがメダルを剥奪する理由でしょう。子どもへの影響を考慮してではありません。では作品を自粛することが薬物根絶につながりますか? 断じて「NO!」です。

そして、薬物問題に対する理解について。尾木ママが主張するとおり依存症患者への対処は社会にとっては重要な課題です。薬物に限らず、アルコール、ギャンブル、最近ではネットなど、依存症に陥ると社会生活がままならなくなり、社会的・経済的にも損失です。このことに関して子どもへの教育は重要との主張には賛同します。

しかし、薬物を摂取しても必ずしも破滅的な人生を送るわけではありません。現にマリファナについては合法化された国が多々あり、法令上禁止でも事実上放置している国もあります。酒やギャンブルと同じ、程度の問題です。かつてアメリカでは禁酒法が制定され、ギャングがのさばりました(映画「アンタッチャブル」の世界ですね)。麻薬についても世界的にはこのときと同じような状況があるのもまた冷酷な現実です。詳しくは「週刊プレイボーイ」(2016年11月14日発売号)の「大麻バッシングは日本の『精神の貧困』の象徴」をお読みください。橘玲の公式BLOGで読むことができます。

「週刊プレイボーイ」を鼻で笑うような権威主義者の方は、「ナショナルジオグラフィック」(2015年6月号)の特集記事「マリファナの科学」を一読ください。

最後に、改めて子どもへの影響について。子どもたちが「作品公開するなんて、薬物に対して大人は認識が甘いよな」と認識するよりも、「悪い人に対しては、法令だけではなく、集団同調圧力によって社会的に処罰することは当然だ」と認識する方が、よほど恐ろしいと思います。

少年の肝喰ふ村は春の日に息づきて人ら睦(むつ)まじきかな(辺見じゅん)

2019年4月13日 (土)

日本古来の色を集めた「日本の色図鑑」で知った「ベンタブラック」

「日本の色図鑑」(monobook)を読みました。

日本古来の色を紹介している素晴らしい図鑑です。今までも小説を読んだりしたときに、知らない名前の色が出てくると考えたり、想像したり。が、結局は読み飛ばしている、そんな色を「いろいろ」知ることができました。

たいていは言葉(文字)を見ると、色が浮かびます。例えば、黄土色(おうどいろ)、肌色(はだいろ)、ねずみ色などは私が子供の時はクレヨンに標準装備されている色でした。しかし現在のクレヨンにはない種類もあるとか。肌色というのは確かにデリケートな問題が含まれているんでしょうけど、こんなところにも影響があるとはねえ。

この図鑑を読んで色のイメージが浮かばなかった種類は次のとおり。たくさんありますがすべて紹介します。味わいがありますよ。

木賊色(とくさいろ):蚊取り線香の色。檜皮色(ひわだいろ):赤みの強い茶褐色。葡萄色(えびいろ!):ワインレッドのような赤紫。浅葱色(あさぎいろ):新撰組の羽織の色、日本のエメラルドグリーン。夏虫色(なつむしいろ):羽化したばかりのセミの羽の色。濡羽色(ぬればいろ):カラスの羽のように艶やかで緑や紫を含んだ黒。猩々緋(しょうじょうひ):サルに似た伝説の生き物(猩々)の血の色、薩摩切子の赤の色。瓶覗(かめのぞき):薄い水色、氷色(こおりいろ):薄い水色が入った白。虹色(にじいろ):少し黄味を帯びた薄い紅色、雨上がりに輝く淡く美しい桃色、なんと単色!!。東雲色(しののめいろ):東の雲に映った朝焼けの空の色。丹色(にいろ):稲荷神社の鳥居に見られる黄味がかった赤色。褐色(かちいろ):暗い紫みの紺色、剣道の武具の色。納戸色(なんどいろ):鈍い緑かかった濃い藍色。秘色(ひそく!):青磁のような淡い緑がかった水色。胡粉色(ごふんいろ):芸者の厚い白化粧の色。

でも、この図鑑を読んで一番驚いたのは数年前にベンチャー企業が開発した黒色、「ベンタブラック」。黒と認識できる可視光吸収率は通常は95~98%。ところがこのベンタブラックは可視光吸収率が99.965%。結果、それを眺めても素材感はもちろん、どんな形をしているのかまったくわからない。図鑑には製品名や写真がないのでネットで検索して映像を見てみました。おそろしいぐらい二次元にしか見えません。

先日、ブラックホールの写真撮影に世界で初めて成功したとの報道がありました。完全な黒はすべての光を吸収してしまうため目視できないとか。それを撮影するってすごい。でも、暗黒には底知れない恐怖を感じてしまいます。

さきみちてさくらあをざめゐたるかな(野澤節子)

2019年4月12日 (金)

社会人デビューの日 印象に残るのはなぜか女性ばかり

入院中の私のベッドに、初々(ういうい)しい若い看護師が1人やってきました。検温、血圧測定とのこと。私が「新人さん?」と声をかけると、伏せ目がちに「今日からなんです。動作がたどたどしいからわかりますよね」 私が通うバーのアルバイトが看護学校に3年通うと話していたことを思い出し、そのことを尋ねると「4年です。大学(医学部看護コース)卒業なんです」「すごいじゃない、4年制の看護師なんだ。初めての日は緊張するけど、みんな社会人になって初めての日があったわけだから、あなたも大丈夫だよ」

彼女の初仕事にあたってのやりとりを通して、彼女と顔立ちがよく似た別の女子大生のことを思い出しました。その女子大生と出会ったとのはもう3~4年前のこと。当時は鹿児島大学教育学部に在学中で、私がひいきにしていたワインバーでアルバイトをしていました。

バーで知り合ってからしばらくしてスーパーで買い物をしているときに、彼女の方から話しかけてくるなど、ゆるーい友達関係でした。彼女がアルバイトをやめて数ヶ月後、鹿児島大学の卒業式を報じるテレビニュースで「幼稚園の先生になります。がんばります!」と、はちきれそうな明るい笑顔で答えていたのが印象的でした。

数ヶ月後、県庁のエレベーターでばったり再会。懐かしさに声をかけると困ったような顔。おそらく、彼女の職場の同僚が周囲にいたので、私との関係を知られたくなかったのかも。彼女と会ったのはそれが最後。ゆるーい関係だから、それぐらいがちょうどいいのかもしれません。

その後の彼女を知りませんが、今日社会人デビューした看護師を含め、若い女性たちが前向きに仕事をしている姿を見ると応援したくなります。成長した彼女たちのことを考えると未来は明るくなりますね。

春一番の思いよ届け青空はあなたに続く色の階段(俵万智)

入院しても忙しい? 消費される患者たちの生活

入院して4日目にようやく便通がありました。頭は依然としてボーッとしている状態ですが、吐き気はずいぶん治まりました。担当の医師に今の症状を説明すると、点滴の抜針(ばっしん)が認められて、金曜日に退院とのこと。できれば今日(木曜日)に退院したかったのですが、用心に越したことはないということでしょうか。

この4日間、食事と水分補給以外はベッドで横になっているだけ。気分が悪いので目は閉じたまま。おしっこもほとんど出ません。背中や腰などが痛くても寝返りもうてない。本当にきつかった。

そういうわけでテレビを見ることもなく、本も読めず、携帯電話も手にせずとじっとしたまま過ごしました。4日目の夕方に妻がラジオを持ってきてくれました。4日目からは気分がいいときはラジオを聞いていました。目を使いたくないときはラジオが一番ですね。

入院は4人部屋だったのですが、相部屋の3人はいずれも高齢の男性。私よりも症状が重いようで、毎日10回以上ナースコールを押し、その都度排泄(はいせつ)や点滴・投薬と看護師さん達も大変そうでした。この部屋と廊下を挟んでナースステーションがあり、他の部屋からのナースコールの電子音、看護師さん達の携帯呼び出し音がひっきりなしに聞こえます。本当に大変。

私が驚いたのは、そんな中、相部屋の3人が毎日何度も携帯電話の着信音を鳴らし、カチャカチャとキーボードを叩き、見舞客らと商談(?)をしていること。空いた時間はずっとテレビを見て、カーテンの隙間から外をジロジロ、ときに大きな独り言。夜中もベッドを上げ下げする操作音が途切れず、テレビのリモコンや携帯電話を頻繁に床に落として音を響かせる。何だよこの人達は。眠れねえじゃねえか(怒)。

体を休めるべき時にそれができない、何かしないと落ち着かないというのは人間の性(さが)なんでしょうか?

私は寝ている間何をしていたかって? 横になっている間、ほとんどの時間は好きな、あるいは好きだった女性たちのことを思い浮かべていました。でも3日が限界ですね。そして体調が回復してからは、このブログの更新内容をノートに書いていました。今日になってようやく、その内容をネットに公開できます。日常生活に戻れて(この部屋から抜け出せて)本当によかった。

銀行員等朝より蛍光す烏賊のごとく(金子兜太)

セックスを許容できる社会規範とインターネット

先日、市立図書館の雑誌閲覧コーナーで「サイゾー」を手に取りました。今月の特集は「セックス」。「anan」のようなハウツーではなく、現代社会の中で「セックス」がどのように扱われているかを論じています。

内容のほとんどはしょうもない記事でしたが、中西やすひろの記事(マンガ)は懐かしさを感じてじっくり読みました。

同氏は私が中学生の時、週刊マガジンに連載されていた「OH!透明人間」の作者です。このマンガ、イクラを食べるとしばらくの間透明人間になれる高校生(?)男子が主人公。かわいい女の子達の胸やお尻を見放題、さわり放題という、思春期の男の子達の欲求に忠実なストーリーでした。当然ながら「こんなシチュエーションはあり得ないだろう」の連続です。

さて、同氏の言いたいことを簡単に紹介すると「最近の少年誌では、性的な描写に関して自己規制が強化され、乳首を見せることができなくなった。また、女性のパンティを描くときもしわなどをつけてリアルに表現することが許されず、真っ白な記号的表現しかできない」という嘆きでした。

それらの規制を踏まえたセックスシーンをマンガの例として2点描いていました。これはこれで読者の想像力をかき立てていいのではと思うのですが、同氏は不満なようです。

インターネットの仮想(情報)世界には、出版物ではお目にかかれないような、猥褻(わいせつ)で、残酷で、犯罪的映像が蔓延(まんえん)している一方で、現実世界では清潔で健全さを装(よそお)う、ある種の欺瞞(ぎまん)が強力に推し進められているんですね。

おそらく、双方の世界は光と影のような存在なんでしょう。光が強くなるほど、その影は濃くなるように。人はこうしてバランスをとるのかもしれません。

造成の進みゆく街禽獣(きんじゅう)の死霊は捷(と)く来て住まんとす(富小路禎子)

初めての入院で知る 我が家の食卓のレベル

生まれて初めて入院生活を体験しました。

ユナイテッドの試合の後、様々な要因が重なり、体調不良で救急車で搬送。それから2日は体を起こすのも一苦労。3日目になってようやく文章を認(したた)めることができるようになりました。

過去、体調を崩した覚えがあるのは体温が35度を下回ったとき。冬の雪山ではありませんよ。南薩のぽかぽかした春の出来事でした。このときはチュウジョウトウを飲んでしのぎました(医者からは笑われましたが)。

それ以外は良性発作性方位転換目眩(めまい)。宿泊研修中と香港出張中でした。大事なときに発症しましたが、このときも投薬や注射で切り抜けてきました。

しかし、今回はそもそも意識を失っていたので対応不可。救急外来即入院でした。加齢とともに体力が低下、無理に対する許容量が下がってきているとうすうす認識していたのですが、これが現実かと思うと情けなくなりますね。

入院して2日は目を開けると目眩がして気分が悪くなるので、コンタクトレンズを外したまま、ずっと目を閉じていました。近眼がひどいので看護師が来ても顔がよくわかりません。若い看護師と声でわかるときはちょっと残念です。体調が悪いときは性欲もないので、どうでもいいといえばどうでもいいのですが。

気づいたことを一つ。

病院食はおいしくないとよく言われますが、私に言わせるととんでもない話です。病院での食事は朝昼晩のいずれも、私の普段の食卓より品数は2品以上多く、料理も手が込んでいます。うーん、これでは日常の食事が栄養不足だったと言うことなのかも、と反省しました。

まず生きるは息をすること春立ちぬ(岸田稚魚)

ユナイテッド勝ちに行け! 試している場合じゃないぞ!!

7日の午前11時。白波スタジアムへ行きました。この日は鹿児島ユナイテッド対大宮アルディージャ戦。相手は元J1だけあって、スタジアム周辺はオレンジ色のユニフォームが目立ちます。

この日も会社の同僚に会いました。水曜日の寒いナイターとはうってかわって初夏の陽気なのに、前回と同じ長袖のユニフォームに白いマスク姿。徹底しています。

「私昨日は博多に行ってたんですよ。新幹線に乗ろうとしたらホームにはオレンジ色の服を着た人がいっぱい。何だろうって思っていたら鹿児島まで。すごいですよね。大宮のファンって新幹線で移動してるんですよ!」

「確かにアウェーのサポーターがこんなに列を作っているのを見るのは初めてだよなあ。ところで前の試合、藤澤は欠場するし、韓は途中交代したけど理由を知っている?」

「藤澤は肉離れみたいですよ。韓の交代は選手達も???って感じでしたよね。三浦監督から金監督に代わって起用法をいろいろ試しているみたいですよ。練習法も変わって選手達も戸惑っているみたい」

「そう、でも今日は引き分けでもいいから勝ち点が欲しいよね」

ところが、応援する私がゲーム後半から意識が朦朧(もうろう)となり救急車が呼ばれることに。数日後、妻に試合結果を尋ねると「負けてたよ。4連敗。あなたが倒れるまで応援してもこの結果だから本当に腹が立つ! シーズンパスは返上してもう応援に行くのをやめたら!!」

やばいぞユナイテッド! 目を覚ませ! 泥臭くても勝ちに行け!!

夾竹桃(きょうちくとう)「自分をふるいたたせろ」と言う(四ッ谷龍) 

2019年4月 6日 (土)

台湾ラーメンの悲劇再び! 台湾まぜそばにニンニクを入れる?

市民プールに姪の応援に行ったとき、近くでお昼を食べることになりました。会社の後輩が教えてくれた「台湾まぜそば」を思い出しました。鹿児島大学の近くにある「麺屋はる」です。

初めての店なのでお薦めの「まぜそば(800円)」の食券を買いました。店員から「ニンニクはどうしますか?」よくわからないのでスタンダードをと思いお願いしました。出てきたのは少々平らな丼に冷や麦のような麺。スープはありません。その上に刻んだネギとノリ、さらにその上に挽肉を香辛料で炒めた餡、一番上に卵の黄身。なんだかユッケみたい。

パスタをまぜるように具材と麺をかき混ぜ、いただきました。一口目、ノリの風味がいい、と思ったのもつかの間、香辛料、特に唐辛子の辛みが喉に突き刺さります。コップの冷水を流し込み、再び麺をすすります。しかし重い。胃にどろりとたまります。麺を半分ぐらい食べたところで箸を置こうかと思うぐらい重い。ようやく麺を食べきると店員が「追いめしにしますか?」。どうやら残った挽肉の餡にご飯をまぜて食べきるのが流儀のようです。「ごめん。お腹いっぱい」

それからずっと胃もたれがしたまま、自宅に戻りました。夕方になるとトイレへ3度駆け込みました。とにかくお尻の穴の周りが熱い。強烈です。

10年ほど前、中部空港の最終便に乗る前に、空港ビル内の飲食店街で「台湾ラーメン」を食べたことがありました。課長が注文した台湾ラーメンと手羽先を、何も知らない私も注文。出てきたのは真っ赤なスープのラーメンと、真っ赤なラー油にまみれた手羽先の唐揚げ。

こちらは3倍以上強烈でした。当然ながら翌朝は、布団からでるやトイレに居座ることになり、結局会社に遅刻。会社に到着してからも午前中は何度もトイレに駆け込み、まったく仕事になりませんでした。辛いもの好きの課長は「勝った」とばかり誇らしげににやにや。台湾ラーメン初心者の私にちゃんと忠告してよと思ったものです。

あのときに懲りたはずなのにまたやってしまいました。少なくともニンニクはやめとけばよかった。店員は他の人には「辛さ控えめもできますよ」とアドバイスをするのに、なぜ私にしなかったのか? もしや激辛チャレンジャーとでも思ったのか? でも、まったく汗をかかなかったのが不思議。台湾ラーメンでは汗だくだったのに。何が違うんでしょうか?

「平凡な女でいろよ」激辛のスナック菓子を食べながら聞く(俵万智)

2019年4月 5日 (金)

私の隠れファンがこんなところにいたとは・・・あるいは怖い物見たさ?

今夜は新しい職場の歓迎会。今度の職場は半数が女性。これまで営業の男ばかりの職場が多かったので新鮮です。

酔いが進み、場がくだけてきたころ、隣に座った20代の男性社員が話しかけてきました。

「先輩がハットを被っていると聞いていたんで、先日、ロッカーで着替えるところをじっと見ていたんですよ。でも、ハットではなくて黒のキャップだったでしょ。もうがっかり。その後はテンションが下がっていつもの半分ぐらいしか仕事の能率が上がりませんでしたよ」

「それは悪かったな。最近は太陽の光がまぶしいもんだからつばが深いキャップをかぶってるんだよ。5種類帽子をもっているんだけど、キャップはほかに黒字に赤い星の北朝鮮スタイルがあるし、ハットは麦わら帽子みたいなスナフキンタイプとパナマ帽がある。冬の寒い日は毛糸の中折れ帽をかぶっているんだけどね」

「スナフキンはかぶってこないんですか?」「それだけはやめてくれと家族から止められているんだ。本当は他にも帽子がもっとたくさんあったんだけど家族に捨てられてしまってね。・・・」

前の職場でも、私の人となりは知らなくても、「帽子を被って出勤するあの人」でみんな理解していたとか。この職場にも私の名前は知らずとも姿格好を知っている人はいたようです。我ながら凄い奴だと自分を褒(ほ)めたい。

それはともかく、若い女性達に囲まれると嬉しいですね。こんなしょうもない会話でも雰囲気に合わせて笑ってくれます。本当に気分が華やぎます。笑いながらもじっと私をみつめてくれる彼女たちのことを思うと、少しでも力になりたいと感じました。

ただ、私の場合、実際に職場で彼女たちに仕事を教えたり話しかけたりすると、セクハラやストーカーに思われるのがオチかもしれませんが・・・

疑わずトラック駆けてくる一人すでにテープのないゴールまで(俵万智)

2019年4月 4日 (木)

「スーパープロレスファン烈伝」が懐かしい。北尾光司の訃報 

私が大学生の時、月刊マガジンを購読していました。当時は「なんと孫六」「鉄拳チンミ」など、暴力というか格闘技というか、血気盛んな男の子を狙った少年誌らしい少年誌でした。「いけない ルナ先生」みたいなお色気マンガもありましたが。

その中でも異色だったのが徳光康二の「スーパープロレスファン烈伝」。前作の「いきなりバックドロップ犬」も奇っ怪なストーリーで相当なエネルギーを放っていましたが、この作品も異常なプロレスファン達が彼らにしか理解できない行動を繰り広げ、プロレス愛に満ちたギャグをこれでもかとたたみかける、まさにエネルギーの塊のようなマンガでした。

当時、みちのくプロレスのレスラー、ザ・グレート・サスケが「プロレスファンの極楽浄土見つけたり」とコメントをつけて、単行本の宣伝をしていました。ただし、このマンガを読んでも普通の人は理解できません。コアでハードでディープなプロレスおたくでないとついていけない。そんな作品です。

その中で、あるプロレスファンが白猫を2本足で立たせようとして「山ちゃん立ってくれ~」と泣きながら叫ぶシーンがありました。これ、何のことかわかります?

当時第2次UWFが分裂し、前田日明のリングス、高田延彦のUWFインター、藤原義明や船木正勝の藤原組(後のパンクラス)という団体が生まれました。このうち、UWFインターに所属していた山崎一夫が北尾光司と対戦。ローキックの嵐を浴びてダウン。そのまま立ち上がることができませんでした。

白猫は山崎のニックネーム(だったと思います)。当時、北尾はプロレスファンから嫌われていてナチュラルヒール、存在自体がヒール(悪役)と呼ばれていました。その北尾に実力者山崎が圧倒的な差で負けたことはプロレスファンには大ショックだったのです。

北尾は優勝経験のない横綱、廃業した横綱、かみさんを蹴った横綱として悪名ばかりですが、全盛期の小錦を鯖折りで破り、このときの膝のけがが小錦の横綱昇進の道を閉ざしたことは事実。スポーツ探検家だったり、美人女医と結婚したり(東スポ発表)、プロレス団体を渡り歩くたびにトラブルを起こしたりと、私の学生時代には欠くことのできないキャラクターでした。

先日、北尾(享年55歳)の訃報に接し、表題のマンガを思い出しました。あの頃は強烈な刺激が満載だったなあと。

恋をした’85年が暮れてゆく部屋には我とデヘンバギアと(俵万智)