2019年12月26日 (木)

屋久島町長はせこくて笑うけど田辺優貴子は衝撃だった 旅費の着服問題

今朝のNHKニュース。国立極地研究所の田辺優貴子助教が旅費総額130万円相当を着服していたとして懲戒解雇されたことを報じていました。ちょうどそのときテレビの前にいた高校3年の娘は,「うわあ,ショック!」と嘆いたまま画面に釘付け。

「どうしたの?」とたずねると「田辺優貴子ってナショナルジオグラフィックにでてた人だよ。南極の氷の下にも生態系があることを発見した人。お父さんにもいったじゃん。この人,英語の教科書にもでてたって。覚えてないの? 教科書に出てた人がこんなことしていたなんて・・・」

我が家ではナショナルジオグラフィックを定期購読しています。毎月郵送されてきて,いつもトイレの片隅に置いて用を足しながら読めるようにしています。娘はトイレでいつも目を通しているらしく,トイレの滞在時間が異様に長い。それだけナショナルジオグラフィックのファンです。

もともとは私が購読しているのですが,個人的には掲載されている写真が素晴らしいので,眺めるだけでパラパラめくる程度。ごくたまに関心をひく記事があれば,そこだけ熟読する感じです。でも,娘はしっかり読み込んでいるらしく,今朝のように昔の記事のことをひょっこり口にすることがあります。

一方,屋久島町長。出張の時の航空運賃をキャンセルしてシルバー運賃で再度チケットを取得。この差額を着服していたとしてマスコミを騒がせています。金額にして100万円? なんてみみっちいんでしょう。我が家では話題にすら上りません。

それにしてもシルバー割引運賃があるなんて,40歳代の私には想像もつきませんでした。こんな着服方法があるとはね。離島住民にはいろいろな割引サービスがありますが,この手の詐欺まがいの手法をとっている人が今後どれだけ出てくるかと思うと興味深いですね。町長だけではなく屋久島町議会の議長も同様の手口で着服を認めているわけですから。

おなじようなけちくさい手口でも,田辺優貴子の方が娘にとっては衝撃だったことを屋久島町長はどう思うでしょうか。当然ながら聞くまでもなく,どうでもいい(それどころじゃねえよ)っていうでしょうけど。

それにしても町長は屋久島町役場の建設問題で自分がターゲットにされていることに気付いていなかったんでしょうか? 危ない状況だから身を正さなければという意識が欠如していたのか,チケットの割り戻しが習慣になっていて今更美味しい思いを止められなかったのか。

お金の問題って大やけどをしないと気付かないんですね。いやあ勉強になります。人の振り見て我が振り直せっていいますけど,これがずっと格言としてあるのは,実際にそれができる人はそんなにいないってことの証明なのかもしれませんね。

コンビニでスキンケアセット買うときに描かれている夜のシナリオ(俵万智)

2019年12月24日 (火)

クリスマスイブとは無縁の我が家 晩ごはんはシイラのバター焼きです

今夜はクリスマスイブ。私が中学校,高校の時はちょうどバブルの頃。クリスマスイブは高級レストランを予約してカップルで過ごし,豪華な贈り物(当時はティファニーのネックレスが定番)を準備し,ソアラでドライブして,ホテルでセックスをすることが,若い男女にとっては当然だといわんばかりに,マスコミやナンパ雑誌が取り上げていました。

大学生になってもこの傾向は変わりませんでした。しかし,バブルが崩壊。一転して「もつ鍋が人気」ってことをマスコミが煽っていました。ふざけてますね。

当時,大学の同級生(もちろん男)と一緒に四条河原町に繰り出し,居酒屋やショットバーで飲んでいました。そこでは女性だけのグループや男性だけのグループのけっこう多い。カップルなんて見当たりません。結局,マスコミが煽っているだけだったんでしょうね。あるいは東京だけの饗宴(狂宴?)だったのかも。

20代後半で結婚しましたが,クリスマスだからといってお祝い(?)をしたのは子どもが小学生の頃まで。といってもせいぜいケーキを食べる程度ですが。しかし,子どものためにクリスマスプレゼントだけは毎年娘の枕元に置きました。

子ども達が何を欲しがっているのかはいつも夫婦であれこれ考えました。子どもにばれないように事前に買い,子ども達が寝静まった頃を見計らってプレゼントを置くと,翌朝,子ども達が歓声を上げて喜ぶ様子が分かります。夫婦で顔を見合わせてにやりとするのがクリスマスの朝のひとときでした。

子ども心とはおそろしいもので,私の娘達は小学生のときはずっとサンタさんがいると信じていました。小学生のときに「学校で話をしていると友だちにはサンタじゃなくて親がプレゼントするんだって。サンタさんはいるのにね」と真面目に話していたのが印象的でした。

さすがに中学生ぐらいになると,親がサンタだとうすうす感づいていたようですが,私も妻もずっと秘密にしてごまかしていました。そして,娘らが中学生になったときからプレゼントはなくなりました。私と妻がけちになったというよりも,娘達の感激がなくなった,あるいは何が欲しいものかがわからなくなったというのが正直なところです。

そして今夜も普段と変わらない夜となっています。クリスマスツリーもなく,リースもなく,ケーキもなく,プレゼントもありません。食卓にはご飯と野菜スープ,シイラのバター炒め,私はそれにキムチとらっきょ,焼酎のお湯割り。

唯一,クリスマスを感じさせるのは,リビングの壁に飾っているわたせせいぞうの絵だけ。中心に飾りつけたクリスマスツリー,左にはロングヘアの女性がソファー腰掛け,右には中折れ帽を手に持った男性が挨拶をしている。プレゼントの箱が開けられて,ネコや犬がはしゃいでいる。背景には大きな窓越しに天の川と流れ星。そして海が広がります。

我が家ではここだけがロマンチックみたいです。

降誕祭讃(たた)えて神を二人称(津田清子)

2019年12月23日 (月)

アミュ地下フードコートの奇妙な人々 どん兵衛を食べるカップル

仕事帰り,いつものようにアミュ地下のフードコートで本を読みながらビールを飲んでいると,隣の席に20歳ぐらいの若いカップルが座りました。私の斜め前には茶髪のかわらいらしい女性が座り,私の隣には若い男性が座りました。

男性がもってきたのが,インスタントカップ麺の「どん兵衛」。しかも特盛。どこでお湯をいれたのかは分かりませんが,かわいらしい女性がふたを開けて,左手で髪が前に垂れるのを押さえ,右手で割り箸をもってうどんをすすり始めました。一方の男性は,それを見ることもなく,スマホの画面を一心に見つめています。

数回うどんをすすった彼女は,うどんと割り箸を彼の方に差し出しました。どうやら交代のようです。そして彼女は自分のスマホを取り出し,画面を一身に見つめています。数分おきにそれを繰り返しました。「やれやれ,なんてせこいデートなんだよ」と横目で見ながら呆れてしまいました。

しかし,しばらくしてから,二人で仲良くひそひそと話を始めました。それもスマホの画面を見ながら。私は耳が悪いので隣にいる彼らの声を聞き取れませんが,見ているほうがうらやむような親密さを醸(かも)し出していました。

つゆだけが残ったプラスチックの容器をみて,「一杯のかけそば」(栗良平)を思い出しました。あれは私が小学生のころ,40年ぐらい昔。涙なしには聞けない童話として日本中を席巻したお話です。

ある年の大晦日,そば屋に2人の男の子を連れた母親がかけそばを注文します。それも1杯だけ。親子三人で分け合って食べていきました。この親子は大晦日になるとかならずやってきます。そば屋の夫婦もこの親子が来るのを心待ちにするようになりました。いつも増量してかけそばを提供します。実はこの親子は父親が交通事故で亡くなり,貧困に苦しんでいました。この店でかけそばを食べることが唯一の贅沢だったのです。それが数年続いた後,突然,この親子が来なくなります。十数年の年月が流れた年の大晦日。再び親子がこのそば屋に現れます。子どもは成長して立派な青年になっていました。親子は3杯のかけそばを注文し喜び合って食べ,それを見ていたそば屋の夫婦も一緒に泣いて喜びをわかちあった,というところでこのお話は終わります。

まあ,私の記憶のことなので多少は違っているかもしれませんが,当時の日本人はこんなお涙頂戴話に感動したんですよ。その後,作者の栗良平のスキャンダルなど,話とはまったく関係のないことが影響して,このブームは沈静化しました。これもまた,当時の(今でも?)日本人にはよくあることですが。

ところで,アミュ地下のカップル。こぎれいな格好をして,二人ともスマホを持つぐらいなので貧乏ではなさそうです。でも,1個の「どん兵衛」(しかも特盛)をフードコートで分け合って食べるというギャップに,なんだか微笑ましく思えました。

二人で共有することが大事な,いや,うれしい時期ってありますよね。同じ時間,同じ場所,そして同じ食事。ましてや一杯のインスタントうどんを二人で分け合うなんて。

いつも一人でビールを飲むおじさんも少し反省しました。

スパゲッティの最後の一本食べようとしているあなた見つめる私(俵万智)

2019年12月21日 (土)

「打者が嫌がる投球論 投手が嫌がる打撃論」を読む

「打者が嫌がる投球論 投手が嫌がる打撃論」(権藤博,二宮清純)を読みました。

私はプロ野球が好きで小学生の頃よくテレビ中継(当時は巨人戦のみ)を見ていました。特に好きだったのが中日ドラゴンズ。当時は近藤貞雄が監督。一番田尾(ライト),二番平野(センター),三番モッカ(サード),四番谷沢(ファースト),五番大島(レフト),六番宇野(ショート),七番中尾(キャッチャー),ピッチャーは都,郭源氏,鈴木正孝,三沢,リリーフが牛島。そろっていました。

このときのピッチングコーチが権藤博でした。今ではあたりまえの先発,中継ぎ,抑えの投手分業制も,このときの近藤貞雄,権藤博が確立したことだと,後に解説者になった近藤貞雄のエッセイで知りました。

近藤も権藤も管理という言葉が大嫌い。同時流行していた西武ライオンズの管理野球に反発して,選手を大人として扱う野武士野球で一世を風靡しました。権藤博は2年連続で30勝をあげた,今では信じられないような成績を残した投手。そのときの無理がたたって,投手生命はあっという間に終わりました。近藤監督も怪我を押して投球を続けた根性のある元投手だからか徹底していました。

しかし,選手を大人として扱っても試合の指揮ではまた別のようです。近藤監督は二番平野に徹底して送りバントをさせました。また,ツープラトンシステムとして,打撃力はあるものの,守備に難のある宇野やモッカをスタメンとして起用し,リードした終盤は守備固めの選手に交代させる戦法をとりました。

そして権藤もすごい,彼は中日の後は近鉄,ダイエー,横浜でコーチを歴任後,横浜の監督としてリーグ優勝,日本一に輝きました。そのときの話も本書の中に出ていますが,権藤はチームのピッチャーが投げる一球一球にベンチからサインを出していた!!!! これには驚きましたねえ。

もちろん,細かくサインを出しているわけではありません。アウトサイド,インサイド,高め,低めなどの大まかなものです。そもそも,ピッチャーは細かいコントロールは必要ない,それよりも球威や間が大事だというのです。本書もテレビ解説者が常々いうような「ヒットを打たれたくないなら,低め」や「アウトサイド」という考えを真っ向から否定しています。

清原がバッティングを崩したのもインサイドを打てたから。そして今やボールを打ち上げる打ち方が主流。低めのボールよりもピッチャーはインサイドや高めにボールを投げるべきだと。

非常に理論的で痛快な対談です。プロ野球ファン(特に50歳前後)であれば,近鉄のブライアントや横浜の佐々木など,往年のプロ野球選手が続々と出てきますので,当時の記憶がよみがえってきます。

それにしても本書を読んでつくづくパ・リーグファンでよかったと思います。私は南海ホークスが福岡ダイエーホークスになったときから,完全にパ・リーグのファンになっていました。あのころのパ・リーグは個性的な人材がそろっていたと両者が語り合っていました。うんうんそうだったよな。そして今もその伝統が続いてるんだよな。実感します。

伊良部の馬鹿が伊良部の馬鹿が環状線はつらい電車です(高瀬一誌)

2019年12月19日 (木)

小里代議士の顔写真入りの週刊新潮がどこも売り切れ 人気? 買い占め?

先週の土曜日,朝日新聞を開くと週刊文春と週刊新潮の広告がでていました。いつものように眺めていると,どこかでみたような顔が。鹿児島県選出衆議院議員の小里泰弘氏でした。その隣には「上智大学」「美女」「300万円」などのスキャンダラスな言葉がならんでします。なんだこりゃ?

下世話な私は大変に興味をそそられ,あちこちコンビニをのぞいてみたのですが,どこも週刊文春は残っているのに,週刊新潮は売り切れ。いつもは逆なのにおかしいでしょ(新潮社さん,ごめんなさい)。

数年前にも,鹿児島県出身の代議士のスキャンダルが週刊誌に掲載されたことがありました。これも同じように女性問題でしたが,立ち読みしようとあちこち探しても見当たらない。今回とまったく同じ現象です。

鹿児島出身の代議士だけに,鹿児島の書店では売り切れるぐらい関心が高いのか? それとも小里泰弘の支持者らが「県民に読まれてはいけない」と忖度(そんたく)して買い占めているんでしょうか? 私にはもちろんわかりっこありませんが,だからといってコンビニの店員に「週刊新潮をまとめ買いした人がいるんですか?」なんて聞き取り調査をするわけにもいかないしなあ。

というわけで「小里」でネット検索しました。するとトップに週刊新潮の記事が掲載。その内容を簡単にいうと「小里泰弘代議士は上智大学生の美女と愛人契約を結んでいた。1回会う度に10万円を渡していた。食事だけの時は5万円。この美女の方から小里代議士に手切れ金として300万円を要求。小里は値切って180万円を支払った。総額で1000万円近くをこの美女に支払ったのではないか」という内容でした。

週刊新潮のネットサイトではこの美女の名前は伏せられ,顔写真もモザイクが入っていましたが,別のサイトでは女性の写真と名前入りで紹介されていました。

ネット社会って恐ろしいですね。週刊誌は店頭から買い取られ(あるいは撤去され)ても,その記事や,記事で伏せていることまで明らかにされて,出回るわけですから。

このことを質問されたときの小里代議士のコメントには笑えましたが,ここでは紹介しません。興味のある方は検索してみてください。それにしてもこの美女(?)は私のタイプではありません。顔立ちも,やることなすことも。(彼女からすれば大きなお世話でしょうけど) こんなことを週刊誌にたれ込んで彼女は将来どうするんでしょ。自暴自棄になっているような背景があればまだ納得できますが,インタビューでは手切れ金を要求しなければならない事情や悪びれる様子はみじんもありませんでした。まあ,週刊誌の記事なのでどこまで信用できるか疑問ですけどね。

愛人でいいのとうたう歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う(俵万智)

2019年12月18日 (水)

sin54°=(1+√5)/4 正二十面体の最長の対角線の求め方

私は仕事帰りにアミュ地下のフードコートでバスの待ち時間を調整します。いつもナッツに缶ビールを飲みながら本を読むのですが,本に飽きると数学の問題を解いたりしています。

長女が受験生だった2年前は,娘の志望校だった一橋大学の入試問題を解いていましたが,最近は「数学超絶難問」(小野田博一)を1ページから順に解いています。最初は期待値や確率など,初歩的な問題(私の得意分野)だったのですが,アルキメデスの証明問題が登場したころから手こずるようになりました。例えば「半径1の球を互いに平行な面で,同じ幅で切って3分割する。このとき,表面積(切断面の面積は含めない)の比は?」

面白そうでしょう。私もこれぐらいなら独力で解けるのでは,と意気込んで挑戦したのですが結局断念。答えは1:1:1です。積分で解くのですが,サイン,コサインの積分って何? の世界。高校までの数学しか知らない私には驚きです(実際の解法は簡単です。サイン,コサインの積分の公式がわかれば即答できるレベルです)。

その後しばらくは重心の位置を問う問題が続きました。半円,4分円,扇形,半球など,数学が得意な人なら挑戦してみたい問題ばかりです。

先週挑戦したのが「1辺の長さが1の正二十面体の最も長い対角線の長さは?」

正二十面体の頂点を真上と真下にすると,真上から見たら正五角形,真下から見ても同じ正五角形。これが問題を解く鍵だと思うのですが,どうにも解法が見つかりません。

答えを見ると

「正五角形ABCDEの対角線ACの長さは,AC=2sin54°=(1+√5)/2

長方形ACFGの対角線AF(またはCG)が最も長い対角線だから,三平方の定理で

AF = √[{AG(=1)}2乗+(AC)2乗] = √{(5+√5)/2}

と簡潔な解法。おーっ,トレビアーン! でも,なぜsin54°が(1+√5)/4なのかが理解できません。何度も挑戦するのですが,どうにもこうにも???

ネットで調べると目から鱗。三角形(頂点36°,残りの2角が72°)の相似を使って解きます。高校数学の2次方程式の解の公式と,サインコサインの変換が分かれば簡単。うーむ,私ってこんなに頭が固いんだと再認識しました。

私はクイズのように知識を問う問題よりも,ひらめきで解くパズル問題が好きです。土曜日の朝日新聞には詰め将棋と詰碁の問題がでています。これもパズルと同じようなもの。毎週挑戦していますが答えを見つけるまでに30分ぐらいかかります。かなり頭を使っているんですが,実生活ではまったく役に立たたないのは確かですね。

シャンプーの香をほのぼのとたてながら微分積分子らは解きおり(俵万智)

2019年12月17日 (火)

リベラルな社会の実現と,現代うつやアスペルガー症候群との因果関係

元事務次官がひきこもり状態だった長男を殺した事件について,昨日,東京地裁は懲役6年の判決を言い渡しました。世論は父親に同情的です。

事件を伝える朝日新聞では,精神科医の斎藤環が,殺害の他に方法がないという父親のメッセージを真っ向から否定した上で,長男への周囲の対応には様々な問題があったと指摘しています。

たとえば父親の「ゴミは自分で片付けろ」「親の財産で生活するな」。このツイッターのダイレクトメッセージに対して斎藤は「ひきこもっている本人が一番自分を恥じ,つらいと思っているということに認識が及んでいなかったのでは」とコメントしています。

でも,ちょっと待てよ。私の父も,そして私自身も,自分の子どもをしつけるときには同じように注意したものです。斎藤さん,それじゃあどうすればいいんですか? 「ゴミを放置していい」とか「親の財産でお前を一生養う」なんて子どもに言いますか? それを聞いた子どもは安心するんですか? バカ言うんじゃない。それこそ子どもを傷つける,残酷な仕打ちではないでしょうか。「お前を見捨てた」といわんばかりです。

弁護側は,この長男がアスペルガー症候群だったことを裁判のなかで明らかにしています。アスペルガー症候群とは,発達障害のひとつで,他人に関心がないのではないのですが接し方が分からない,あるいは何でも正直に言ってしまうので対人関係がうまく築けないといった症状(?)です。

また,アスペルガー症候群と同じように最近はやっているのが現代うつです。こちらは気分の落ち込み,苦しみはあっても職場を離れると気分は回復し,好きなことは活動で気にできます。現代うつを発症した人は,自分に対する他者からの評価や感情に対して過敏で傷つきやすく,一方で他者に対する攻撃性が高いという特徴があります。

30年前,この2つの病気を,私は聞いたことがありません。もちろん,対人関係がうまく築けない人,攻撃的な人,ゴミ片付けができない人は昔もいました。しかし,当時,それはあの人の「性格」だから,とみんな納得して,それなりに暮らしていました。

それが今では,ゴミの片付けが苦手だったり,人間関係がうまくいかないことは,「病気」のせいだから認めてくれ,ということなのかしら。精神医としてはそれが正しいんでしょうけど,病気の人とただの怠け者とどうやって区別をつけるんでしょうか。素人の私にはお手上げです。

戦後になって平等主義が行き渡りました。「格差のない社会」が徐々に進展して,生まれつきの性,家柄,貧富,能力(知能)で差別があってはならない社会になっています。では,何が社会的な成功を分けるのかというと,本人の努力,ただそれだけになってしまいます。これは逆の意味で恐ろしい社会です。

アスペルガー症候群や現代うつといった診断は,「怠け者」,「根性なし」と軽蔑される人たちのの唯一の逃げ場なのかもしれません。そう考えると「平等完全実現社会」では,ほとんどの人が病気になってしまう社会ってことになるのかも。

完全平等の実現に燃える理想主義者は,視点を変えると,このようなディストピア実現に向けて今日もがんばっているんでしょう。オー,怖っ。

やさしくて怖い人ってあるでしょうたとえば無人改札機みたいな(杉崎恒夫)

2019年12月16日 (月)

ビリヤードの思い出 ハスラー2の時代は戻らないよなあ きっと

私はビリヤードが好きです。高校生のときだったと思うのですが,ハスラー2という映画が大ヒットしました。トム・クルーズが主演だったと思うのですが,このときのナインボールが大流行しました。大学生のときは北白川スポーツランドで玉を突いたりしていました。

社会人になってからは東福ボールのビリヤード場に通うようになりました。ここにはキャロムの台があって初めて四つ球を体験しました。一人で球を突き,クッションや回転の具合を考えると本当に夢中になれました。そして与次郎のウィズⅡにはポケットがたくさんあり,職場の同僚とよくナインボールやエイトボールをしては楽しみました。独身だったから好きなだけ球を突いていましたね。

加世田に引っ越したときは加世田スターレーンのビリヤード場に通っていました。ここでは初めてマイキューを手にしました。2つに分解できるタイプです。どうしてもらえたのかはもう覚えていませんが,ずいぶん通ったのでそのポイントだったかもしれません。一度,ここで開催された大会に出場したことがありました。緊張して心臓がバクバク。そんな状況で3連続でボールをポケットに入れたときの快感は忘れられません。あのときのストップショットは自分でもほれぼれするほどでした。

加世田から鹿児島市に引っ越してからはビリヤード場がどんどんつぶれていく時期でした。東福ボールは解体。ユウジロウもなくなり,ウィズⅡは縮小してゲームセンターのようになりました。それで,浜橋近くの城山ストアの2階にあったビリヤード場に通うようになりました(名前は忘れてしまいました。ヘブンだったかな?)。そこの受付の女性が人なつっこくて一緒に球を突いたこともありました。一度だけですけどね。しかし,数年後にはそこも閉鎖されてしまいました。

この5,6年は天文館のTボウルにあるビリヤード場に行っています。といっても年に1,2回。ゲームはもっぱらボーラード。ビリヤードとボウリングを混ぜ合わせたようなルールです。一人でするにはいいのですが,ここの台は傾いているので,緩い球を突くと軌道が逸れていくのが難点。

でも,しょうがないですね。他にビリヤード場がないんだから。なにしろ今では遊びといえば電子ゲームが主流。実際に体を動かすことは少なくなりましたね。私の世代はランニング愛好家が多いのですが,私はランニングは気乗りがしません。楽しめないんですよね。やっぱりゲーム性がないとなあ。

悪気なき言葉に不意に刺されおり痛いと思うようなまだまだ(俵万智)

2019年12月15日 (日)

イージーオーダーの「ワイシャツ」仕立てとビジネスシューズ

ボーナス後の週末。妻と山形屋へ行きました。ワイシャツとビジネスシューズを買うために2階の紳士服売り場へ。妻がいうには綿生地だと傷むとのことで,素材はポリ混じりに。そして今回は仕立てを2着買うことにしました。贅沢って思います?

既製品のワイシャツは,首回り39センチがもっとも小さい。そしてこのワイシャツだと袖丈が82センチになります。小柄な人を想定したタイプでバリエーションがほとんどありません。

しかし,私の首回りは37センチ。それよりもさらに細い。しかも袖丈が84センチもあり,首が小さい割に手が長い。さらに私の胸囲は94センチもあるため,既製品の最も小さいタイプでは胸(というよりワキ下)がきつい。胸囲にあわせて大きめのワイシャツを着ると,首回りが40センチを越えるので,ネクタイを締めても首に大きな隙間ができて見苦しいときています。そういう訳で,普段から仕立てを選びます。

生地を選んでカウンターで待っていると,先客の生地選びがなかなか決まらず10分以上待たされました。ようやく先客の生地が決まり,カウンターで先客が襟や袖先などのタイプを選んでいるときに,私にも声がかかりました。

採寸をすると,胸囲や胴囲は前回(4年前)よりも2~4センチ増えましたが他は同じ。ほっとしました。襟は10種類以上,袖先も9種類,背中も6種類と選べるのですが,体型に大きな差がなければすべて前回同様,襟はスタンダード,袖先は小丸,背中はダーツ,ボタンは白,ネーム(イニシャル)入りでお願いしました。

お店を後にすると妻が話しかけてきました。「隣の先客は,私たちよりも先に来て生地を選ぶのにずいぶん時間がかかっていたけど,採寸のときにいちいち店員に文句を言っていたわ。袖まわりを測ると『まさか,この寸法でつくるんじゃないだろうなっ』みたいに。ゆとりをもってつくるに決まっているじゃないの」「そりゃそうだよね。でも,オーダーが初めてで不安だったかもよ」

「違うわよ。先客は前回の採寸やタイプの記録があったわ,あなたと同じように」「それは変だね。店員を信用してないのかな」「襟を選ぶにしても,袖を選ぶにしてもいちいち文句をつけて不愉快だったわ」「仕立てる度にタイプを変えるなんて,私にはない選択。変な客がいたもんだね」

私は紳士服を選ぶときはトレッド(伝統的なスタイル)をベースにしてます。スーツとワイシャツの生地は無地か縞(ストライプ)のどちらか。これにネクタイをあわせます。ネクタイは無地,縞,小紋(小さい模様の繰り返し)。肝心なのは,スーツとワイシャツとネクタイが同じ組み合わせ(例えば3つとも全部ストライプ)にならないように注意することです。

しかし,組み合わせよりも大事なのは体型にフィットした服を着ること。そんなこと当たり前じゃんと思うかも知れませんが,この世の男性は着心地がいいと称してゆるめの服を選ぼうとします。それじゃだらっとして見苦しいのですが「おかまいなし」の男性が多いようですね。

先客とは違い,私はワイシャツのタイプを統一します。流行などに惑わされてバリエーションを広げることはありません。アクセントをつけるのはネクタイだけ。ネクタイは20本ぐらいあります。全体はトレッド。自己主張はネクタイのみ。私はこれがおしゃれだと思っています。

最後に革靴を選びました。革靴はひものあるタイプ。メーカーはスパルタカス。以前,このメーカーの革靴をもっていましたが,15年履き続けました。3足の革靴をローテーションでまわすと長持ちします。最近は通勤時はスニーカー(雨の日はゴム長靴)で,職場でのみ革靴。室内履きなのでさほど傷みません。今日買った革靴も職場専用。

ちなみに今,職場ではいている革靴はローファーです。靴売り場の店員にローファーのことを尋ねると「アダルトですね」とのこと。詳しく聞くと60歳以上の人が選ぶタイプとか。これを聞いていた妻は笑いが止まらないようでした。

太陽はころろと笑みてのぼり来るその太陽を女と言ひき(池田はるみ)

2019年12月14日 (土)

あなたは「自殺したいと思っていますか」と聞くことができますか?

社員の研修や健康管理を担当している私は,先日,メンタルヘルスの研修会に参加しました。内容は「メンタル・ヘルス・ファースト・エイド」

簡単に言うと,メンタル不調になった職場の同僚に対して,1 声をかける 2 体調のことを訊ねる 3 心の状態について訊ねる 3 うつ病かもしれないと告げる 4 専門医の受診をすすめる,という流れで展開する方法です。

体調のことを訊ねるのは,心が不調になると最初に体調不良になるから。眠れない,肩こりがひどい,食欲がない(急激に痩せる)といった症状があらわれるそうです。納得しますよね。

この研修で驚きだったのが,本人に「あなたはうつ病かも」と告げるところ。今までの研修では,とにかく本人の気持ちにより添うことが大事だと聞かされていて,こちらから診断めいたことはしないものだと思っていました。

しかし,今回の研修でははっきりと「あなたはうつ病の可能性がある」と説明した上で,心療内科などの専門医の受診を薦めることの大切さを説いていました。

さらに一歩踏み込んで,心の状態について訊ねるときには「あなたは死にたいと思っていますか」「自殺したい気持ちですか」と死についても意思確認をします。そんなことしたら,本当に自殺するかも知れないと普通は考え込んでしまいますが,講師の説明ではそんな質問で本当に自殺することはないとのことです。

ただ,質問をするときに大事なことは,身体的な接触をしないということ。本当に自殺しようと考えている人であれば,体に触れると本人の自殺行動に巻き込まれてしまうおそれがあるようです。

誰でも自分がうつ病だとは考えないし,まずは否定するでしょう(若者に見られる新型うつは,「自分はうつ病だ」と最初から主張するのでちょっと違いますが)。それに対して現実を認めさせるのは容易ではない。

この研修ではロールプレイングがありました。脚本(?)があり,うつ病の社員役と面倒をみる上司役とに別れて,その脚本にあるセリフ(会話)を言い合います。声かけから専門医の受診勧奨までを脚本に沿って声に出して演じるのです。

「こんなにうまくいくはずがないよ」と内心思いましたが,講師の説明では「確かにこんなにうまくいくはずがない。しかし,うつ病の社員と面談をするとなるとなかなか言葉がでてこない。このロールプレイングを何度も声に出して体で覚えることで,型を身につけてこそ実際に役にたつ。避難訓練,消防訓練と同じように,めったに起きないことを普段から何度も繰り返し行うことが,いざというときに役に立つのです」なるほどね。

私も過去に仕事が忙しく,職場の人間関係がうまくいっていないときは,うつ病になりかけていたことがありました。当時,家に帰ると私はまったく表情がなかったようです。当時,中学生だった娘達が心配して,私に気遣ってくれました。あるときは私のために「謎解きはディナーの後で」というアイドル映画に連れて行ってくれたりしました。このことが私の心の回復に役立ったのかはわかりません。

でも,結果的に私は休職・退職することなく,仕事を続けることができました。今ではそのありがたさがよくわかります。「ビタミンF」(重松清)という小説がありますが,家族の力ってそれほど大きいみたいです。感謝しています。(講演ではうつ病治療に家族の話はありませんでした。実際には家族の協力は必要ですが,臨床の場では無力というのがほとんどなんでしょうね)

隣室に書(ふみ)よむ子らの声聞けば心に沁(し)みて生きたかりけり(島木赤彦)