2018年11月24日 (土)

インスタ女子高生がやばすぎる

フォロワー3万人越えの吉村金物店に行ってきました。インスタに夢中の妻がぜひ行きたいとの要望で。

陶器店には女性の大人3人と子供が5~6人いて狭い店内は大混雑。展示されている食器類も人気があるもの理解できる魅力的な、そして個性的なものがそろっています。妻が彼女たちに尋ねるとやっぱりインスタを見てきたとのこと。みんな鹿児島市から来たそうです。インスタの威力はすごいですね。

この日の夜、高校生の娘を交えてインスタの話になりました。娘がいうには「ややこ」ちゃんという同年齢のインスタが大人気だとか。鹿児島高校の仲良し6人組がFガールズと呼ばれていて、「ややこ」ちゃんの2万数千人を筆頭に、全員1万人以上のフォロワーが存在。鹿児島市内の女子高生の間ではすごい影響力みたいです。

しかも娘は、「ややこ」ちゃんがお金持ちであることや、元カレや今の彼氏のことまで知っていました。なんでこんなことまで知っているの? というぐらいです。

ブログの世界ではパワーブロガーとして男性もかなり存在しますが、インスタとなると女性の独壇場みたい。テレビでインフルエンサーやフォロワーを取り上げますが、どちらも女性が圧倒的。女性の感性にぴったりのアイテムなんでしょうね。娘の話では、こういう女子高生インスタのフォロワーに男子が登録すると「きもい」らしいです。女性にとって賞賛し合うことは当たり前ですが、男子がでてくると下心が感じられるんでしょうね。

それにしても、こういうプライベートなことまで開示されている時代って驚き。おじさんの私は戸惑いを感じます。

ちなみにこれほどインスタ事情に詳しい娘はスマホを持っていません。友達情報だけです。これはこれですごいんですが。

江ノ島に遊ぶ一日それぞれの未来があれば写真は撮らず (俵万智)

2018年11月23日 (金)

チャレンジ自然農法(5)

今朝は今シーズン1番の冷え込み。日の出とともに市民農園へ出かけました。

到着して畑を見ると歩道を覆う草は真っ白。霜がびっしりと降りていました。私の畑に入るとチンゲンサイの葉にびっしりと白い霜がついています。そして膝の高さまで伸びたぺんぺん草の白い花が畑一面をびっしり覆っています。さすがの私も少々恐ろしくなってきました。

畑からカブやチンゲンサイをもぎ取ろうとするとばりばり音を立てます。素手でつかむと相当冷たい。今日は実家の両親と弟家族に届けるため、食べられそうなものはひととり収穫しました。チンゲンサイは10株、カブもそれと同程度。スティックブロッコリーも結構な大きさに育っていたので数本もぎ取りました。芽キャベツは収穫までもう少し時間が必要みたいです。

それにしてもチンゲンサイの発芽率はすごい。これだけ収穫してもまだまだ残っています。ホウレンソウはクローバーの密林に埋もれていて眼を凝らして見ないとわからないのに。チンゲンサイのいくつかは徒長していました。また、大きく育ったものも地面に接する葉の部分が変色。もったいないことをしました。

2時間後、両親にこれらの野菜を届けると父が「ありがとう。立派に育ったねえ。カブは葉っぱをつけたままにしてよ。葉も食べられるから」「ごめん。葉っぱはもぎ取って畑にまいてきた」「お父さんは昔大根を植えたことがあるけど深く耕しても浅く耕しても大根の生長は変わらなかった。耕しても疲れるだけ」「私は耕さないで種をまくだけだから心配してなくていいよ」「普段仕事をしているから草取りが大変じゃないの」「草取りは畑の境界幅の50センチだけ。あとは放置しているから心配しなくていいよ。だから私の畑は雑草が生い茂って青々してる」これには家族一同大爆笑。

母からは「雑草は種がつく前に掘り起こして、根を上にして土につけないようすること。そのまま枯れて畑のこやしになるから」とアドバイス。母は農家の出だけにいろいろとアドバイスをしてくれました。しかし妻が「この人何を言っても聞かないの。自然農法とかいって。畑を見ると言いたくなるから見ないようにしているの」との突っ込み。「ああ、ほっといた方がいいよ」さすが両親は私のことをよく理解しています。

チンゲンサイ、カブ、ホウレンソウはまだ残っていますが、生育が悪いものばかり。後は放っておくつもりです。ところでこれらの野菜はどんな花をつけるのか? そういう楽しみもあります。

芽キャベツのような夢だね未完熟の言葉に宿る芯のまぶしさ(俵万智)

2018年11月22日 (木)

「中国・北朝鮮情勢と日本の外交」を読む

新聞やテレビなどのニュースでは、ある事件が起きると、あらゆる分野に精通している解説者がコメントします。例えば韓国における徴用工に対する最高裁判決。日本政府の「日韓基本条約で植民地支配時代の補償問題は解決済」という国際法的な立場からコメントし、「日韓関係の悪化が懸念される」と現実の事象でしめくくる。理論(建前)と国民感情(現実)は違う、考え方はいろいろあるんだ、ということを並列して見せます。

今日は宮家邦彦の講演録「中国・北朝鮮情勢と日本の外交」を読みました。元外交官の宮家氏の経験をもとにした指摘がなかなか鋭い。

例えば1991年、フィリピンで米軍基地反対闘争が盛り上がり、アメリカ軍は同国のクラーク空軍基地とスービック海軍基地から撤退しました。この翌年、中国は「領海法」を制定し東シナ海と南シナ海の領有を宣言。同海域の軍事要塞化を進めていきます。軍事的抑止力が失われ、「巨大な力の真空」が生じた結果、周辺国(中国)が進出したわけです。この事実から尖閣諸島のある東シナ海で「力の真空」を作ってはいけないという教訓が見えてきます。(私も全く同意見。沖縄の米軍基地反対が実現したその先に何が起きるのか? です)

そして北朝鮮。マスコミは「北朝鮮の挑発を許さない」と繰り返しますが、北朝鮮は挑発なんてしていないと断言。なぜなら挑発とは強いものが弱いものに対して行うもので、相手に先に手を出させて相手をボコボコにすることを言うから。そして北朝鮮の行動は軍事的挑発ではなく、外交的威嚇であり合理的な行動だと言います。(私も全く同意見。北朝鮮は非常識という批判には意味がないってことです)

日本に対する提言も斬新です。サイバー攻撃への対応について「善人がどんなに知恵を絞っても悪人には勝てない。アメリカのようにハッカーの中で最も悪質な人を高給で雇い、彼らにハッカー摘発とサイバー防衛をやらせるべき」とまで言います。(私は「ミレニアム」のリスベット・サランデルを思い浮かべます。能力よりも性格を重視する日本社会に存在でできますか?)

他にもありますが多すぎて紹介できません。政治家の能力とは全く無関係の、国会議員の「道徳」度でその評価をしているマスコミ。そしてそれに追従する人たち。ああ嫌だな。

パワーポリティクスに道徳という概念が入る余地はありません。ニュース解説者は理論(建前)と感情(事実)を並列すればすみますが、それが無力だとわかったときには手遅れですよ。

遠目にはもゆる色なり椎(しい)の花 (松藤夏山)

2018年11月21日 (水)

私なりの お・も・て・な・し

先週の土曜日に開催された大学の同窓会にて、出席者全員で記念写真を撮りました。例年はお開きになる前に写真が出来あがるので当日配布して幹事の仕事は完了となるのですが、今回は人数が多すぎて現像に時間がかかる上に、撮影用の足場を組んだり撤去したりで時間を要するため間に合わない。結局、週が明けてから41枚の写真を受け取り、今日になってやっと全員への配布、郵送が完了しました。

今回は過去最高の出席者数。さすがに同窓会の2時間だけで、出席された方々が全員の名前を覚えるのは至難の業(わざ)だろうと思い、今回は写真の郵送に特別サービスを加えました。

そのサービスとは、封筒に写真の位置ごとに名前を記載したお礼状と、会員の卒業年次、出身校、勤務先つきの名簿を同封したこと。たぶん全員の顔と名前がわかるのは、彼らを勧誘し、とりまとめた私だけでしょうから。

20年以上前、私がまだ新入会員だったとき、とても出席者の顔と名前を覚えることなんてできませんでした。5年前に幹事役を引き受けてから、職場の同僚からも同じような話を聞いていたのでこのアイデアはやりたいと思っていました。しかし、実現するまでが長すぎるなあ!

それにしてもいざやるとなると面倒くさいですね。郵送する封筒には写真が曲がらないように厚紙も入れておこうと思っていたのですが、お金がかかる上にさらに時間がかかる。写真が届くのが遅れるともっとまずいよなと思い、結局厚紙なしで投函することに。こういうところが甘いんでしょうね。

ちなみに同じ職場の出席者からはお礼のメールなどが届きました。「仕事が早いね」「ここまでしてくれるの」なんて、少しは喜んでもらえているかも。たとえお世辞でも苦労が吹き飛びます。

カニサラダのアスパラガスをよけていることも今夜の発見である (俵万智)

2018年11月19日 (月)

ごらん、パレードが行くよ

昨日の朝、妻と一緒に高見馬場交差点へ向かいました。明治維新150年記念パレードがあるからです。西郷さんそっくりさんら数百人の行列でした。

日曜日の朝の天文館に人がたくさんいるはずがありません。そして県知事の横には背広を着た10人ぐらいの人の群れが寄り添うように一緒に移動していました。私は来る途中で受け取った小旗を振りつつ、この異様さに思わず笑ってしまいました。

妻は小旗やゆるキャラをスマホで撮影し、さっそくインスタに投稿。しばらくすると妻が「10分経っても誰も見ない」と嘆き始めました。なぜかと問うと2,3分で反応があるのが普通だとか。フォロワーが500人いるとそれが当たり前みたいです。結局パレードが通り過ぎるまでの20分間でインスタを見た人は2人。これが現実ですよね。

パレードを見た後は、妻の案内でさつま町の産業祭へ。こちらは大勢の人々で賑わっていました。農産物の安売りをはじめ、伝統芸能の披露、「こずえそば」など飲食できるテントがたくさん並び、焼き芋を買い求める人が多くて焼くのが間に合わないという光景も目にしました。

先日、先輩とキャバクラで飲んだとき、先輩がその店におにぎりや漬物を準備させていました。「私はいつも乾き物を出すなと言っているですよ。やっぱり一手間をかけるのが大事。袋をあけてピーナッツを出すなんてお客さんに対して愛情がこもってないでしょう。そういうのがないとすぐにお店は潰れてしまいますよ」人生経験豊富な先輩らしいおもてなしでした。

ところで、150年パレードは一体誰のためにやったんでしょうか? 少なくとも沿道の鹿児島市民のためではないですよね。ほとんどの人は知らないんだから。では、誰かのおもてなしでしょうか? 自作自演なのに。

私はパレードで楽しめたかって? もちろんですよ。紬クイーンの3人が歩いているところだけですが。美しい人を見ると心が洗われます。妻も同じ意見でした。本当ですよ。

鶏頭伐(き)れば卒然として冬近し(島村元)

2018年11月18日 (日)

それが本当に娘の幸せを願う気持ちでしょうか

昨夜は大学の同窓会。私はこの幹事を務めているので事前準備から多忙でした。

例年の出席者は30名程度。それが今回は40名を越え過去最高となりました。最年長は旧制高校出身、最年少は今年3月に大学を卒業したばかり。職業も会社経営者はもちろん、医者、公務員、新聞記者、大学教授、会社員などまさに多種多様。

減少傾向にあった同窓会会員の回復を目指すべく、知り得た大学卒業者には積極的に声かけをしたり、若手の飲み会を7月に行ったり。それらの成果なのか、寮歌を愛好する高齢者ばかりだった同窓会が、平成時代の卒業者が半分を占めるまでに増えてきました。ありがたいことです。

同窓会の特徴は県内各界の第一人者の卓話。今回の卓話は「鹿児島経済の展望と課題」。最後のまとめとして大学進学の話が印象に残りました。私が高校生の頃、進学校は修学旅行がなく、朝補習がある教育先進県だと認識していましたが、実は大学への現役進学率は14年連続で全国最下位(全体の進学率でも年によって46位か47位)。なかでも4年制大学進学率の男女格差は全国4位となるぐらい差が大きい。つまり鹿児島県の女性の大学進学率は相当低いってことになります。

収入と学歴(大学進学率)は強い相関関係があるので、鹿児島県の所得を上げるには県民の大学進学率アップが大事。では女性の大学進学率が低い理由は何か? 経済的な理由もありますが、それでは男女の格差の理由がわからない。女性は進学したくないのか? どうせ家庭に入るのだから金をかけてもしかたがないという親のエゴが娘の可能性を潰しているのか? 

今回の同窓会には女性が4人出席。みんな平成卒業。生き生きしていました。いいですね。卓話の後の懇親会は盛り上がりました。最後は寮歌と琵琶湖周航の唄の斉唱。多種多様な人たちが一緒に歌うって本当に希(まれ)な機会。こういうセッティングに携われるのはうれしいことです。

午前零時過ぎ。歩いて帰宅する途中の暗がりで、通りすがりの2人組の若い女性が私の名前を呼んで話しかけてきました。よく見るといきつけのバーのアルバイト。「(スーツ姿の私を見て)仕事だったんですね。誰かを待ってるんですか?」「うん、そうそう。じゃあね」と軽く挨拶を交わしました。無邪気な彼女達を見ると、ずっと娘を手元に置きたい親の気持ちもわかります・・・

行くのかと言わずにいなくなるのかと家を出る日に父が呟(つぶや)く (俵万智)

2018年11月17日 (土)

チャレンジ自然農法(4)

今日の午後、妻の運転する車に乗せてもらい市民農園へ。先週に引き続き、チンゲンサイとカブを収穫するためです。畑の様子を見せたくて娘を誘いましたが「写真でいいじゃん」とのこと。

私の30平方メートルの畑は先週よりも一層青々と茂っています。クローバーの丈が15センチほどまで伸びたところも。また、地表がかなり露出していた、麦を播いた部分も小さなクローバーの一団があちらこちらに出現していました。しかしなによりぺんぺん草。畑一面に小さな白い花が競うように咲き乱れています。

カブを6つ。チンゲンサイを8つ。十分食べられる大きさに育ったものを畑から抜いていきます。チンゲンサイはところどころ虫食い穴が空いていますが気にしません。実際、調理のときに熱を加えると虫が食った青葉の部分は縮んでわからなくなります。味は変わりませんしね。

今日はホウレンソウも収穫。さすがに種をまいて2ヶ月。いくらなんでも遅すぎます。しかし、ホウレンソウは完全にクローバーの群れに埋もれていて、それらを掻き分けないと見つかりません。5株ほど収穫しましたがどれも細くて弱々しい。やっぱり草に負けたのかしら?

次は麦踏み。畑の中の麦や雑草を踏みつけながら歩くと、小さな羽虫が大量に湧き上がり、1~2センチほどの蜘蛛が何匹もぴょんぴょん逃げていきます。この畑ではトノサマバッタやテントウムシが数匹見かけました。また、ブロッコリーと芽キャベツが一本づつありますが、その大きな葉ごとに5センチ程度の青虫がついていました。こちらはずいぶん虫食い穴が空いています。体が大きいと食べる量も相当なんでしょうね。

私はこれらの虫の観察だけ行い、畑の境界部分の雑草だけをスコップで根ごと堀上げ、収穫したカブの葉をもぎ取って地表が見えている部分を覆い、本日の作業は終了。

しばらくして妻が車を運転して迎えに来ました。畑を見るなり「ひどすぎる。よくここまで草を増やしたねえ。周りの人は絶対悪口をいっているよ。草の種が飛んでいくじゃない」と悪態をつき続けました。

帰宅してデジカメで撮った畑の映像を娘に見せると「植物がたくさん育っていいじゃん」とそのまま受け入れました。しかし、私としては草だけでなく、昆虫の種類の豊富さや土や草のみずみずしさもわかってほしかったのですが、妻と娘にとっては「それがなんなの?」みたいです。目に見えにくい、そういうのも大事だと思うんだけどな。

最後に農業に詳しい妻が教えてくれました。「ホウレンソウは酸性の畑では育たないよ。ここもそうなんじゃないの」確かに鹿児島の畑は桜島の火山灰の影響でほとんどが酸性。たまにはいいことを言ってくれます。

見えぬ眼の方の眼鏡の玉も拭く(日野草城)

2018年11月16日 (金)

眠れない夜 長い夜 興奮する夜 騙す夜

奄美から帰ってきた昨夜はほとんど寝付けませんでした。奄美出張のときに宿泊したホテルは静かで空調もよく効いていて快適だったのですが、そこでもなぜか寝付けませんでした。

私は子供の頃から寝付きが悪く、大人からは「いろいろと考え事、空想や妄想をしているからだ」とよく言われました。確かに空想癖はあったなあ。中学生のときは夜は12時ぐらいまでラジオを聞きながら起きていて、日曜日の午前中は寝るのが習慣に。

高校は寮生活。1年生の時は先輩への挨拶を欠いたら怒られるし、掃除や食事の準備などもしなければならず、精神的にも肉体的にもくたくた。布団に入ると1分以内に眠りについていました。空想・妄想をもつ気力すら失われていたのかも。たぶん、ぐっすり眠れたと実感したはこの時期ぐらい。

今から7~8年前、私の担当する業務に対して周囲からのバッシングが強烈で、職場では苦情の電話がひっきりなしにかかってくる時期がありました。このとき私は気が滅入るどころかアドレナリンが大放出。苦情の相手を折伏(しゃくふく)してやろうという気持ちで臨んでいました。我ながら恐ろしいですね。いわゆる逆ギレです。

この時期、私は一睡もできませんでした。おそらく、職場での興奮が夜になっても収まらなかったからでは。こんな夜が3ヶ月続きました。普通、こうなると不眠症に悩む人がいるそうですが、私はそうはなりませんでした。何かの本を読んだ「不眠症を気に病んで自殺する人はいる。しかし、不眠症で死ぬ人はいない」という一節が私の頭にずっと残っていたから。この一節にずいぶん勇気づけられました。

柴田政彦の小論「痛みの科学」を読みました。体に痛みがあると人はできるだけ動かさないようにします。それに関連して、単なるぎっくり腰は痛みが退くまで待つよりも動いた方が早く治る、虐待を受けた子供は患部を動かさないようにして痛がるそぶりを全く見せない習慣がついている、などの興味深い事例が紹介されていました。なかでも面白かったのが「プラセボの鎮痛作用」。新薬の開発のときに対照実験として使用される「にせ薬」のことです。鎮痛薬ではプラセボ効果が生じない方が珍しいとか。

さきほどの不眠症に関する一節について。この出典本はいくら頭をひねっても思い出せません。ひょっとしたらプラセボみたいな思い込み(精神安定剤)だったのかも。今振りかえってみれば、当時の私は幸運でした。

おしぼりで顔を拭くとき「ああ」という顔見ておれば一人の男(俵万智)

2018年11月15日 (木)

奄美の唄者は今どこに

昨日、今日と一泊二日で奄美大島に出張でした。初日は瀬戸内町古仁屋。古仁屋港にある海の駅で「お母さん定食」(1000円)を注文。豚と野菜の塩ゆで、地のものの刺身と奄美色の濃い料理がおいしい。午後に仕事を済ませると、夕方には奄美市名瀬に到着。

名瀬では取引先が「居酒屋若大将」で一席を用意していたのでそちらに参加。先日の台風24号の被害の話や、うっかり女性の話題に口をすべらせセクハラだと指摘されて困ったという悩み、お昼の弁当を配達してくれる「うちだや」の娘がかわいくて職場の男性社員が11時ぐらいから仕事が手につかないなど、男ばかりの飲み会は盛り上がりました。

私もまだ20代半ばの頃、始めて奄美市(当時は名瀬市)に来たとき、島唄を生で聞かせてくれる居酒屋に行ったことがありました。そのとき唄声が素晴らしいのはもちろん、唄者の女性が非常に若くて美しい。まさに、聞き惚れ、見とれてしまったことがありました。

男ばかりの飲み会が終わった後、この居酒屋「かずみ」に約20年ぶりに入ってみました。ウナギの寝床のようなお店で、左側に通路、右側に座敷があり、座敷には4人用のテーブルが3つ、狭い間隔で並んでいます。あのころのままでした。お客は私一人。食材の入ったビニール袋や携帯電話、裸銭が無造作に置かれたカウンター席に座り、料理の準備をしていた女主人と少々話をしてみました。

今でも唄者がきて島唄を披露してくれるらしいのですが、今夜も来るのかと尋ねると曖昧なことを言ってははっきりしません。20年前に来たときの女性唄者の話をすると「いろいろ来てるからな。誰やったかな。今、大河ドラマの『西郷どん』で歌っている里アンナもここで歌っていたけどな」と数人の女性の名前を挙げましたが、残念ながら名前を知らないので話は平行線になってしまい、結局、奄美出身力士の大奄美や里山の話で落ち着いてしまいました。(どうして相撲に落ち着くんだ!)

たった一度の出会いですが、大島紬を着て美しく島唄を歌い上げる、繊細な顔立ちの彼女の記憶が未だに残っています。今は家庭をもって、いいお母さんになっているのかしら。

島らっきょのお通しを肴に黒糖焼酎をロックで1杯。15分程度で話を切り上げ、千円札を1枚置いて店を出ました。20代の私は、女性に対して非常に内気でしたね。あのとき勇気を出して本人なり、お店の人に彼女の名前を尋ねておけば、こんなもやもやした気持ちにはならなかったでしょうに。

君を待つことなくなりて快晴の土曜も雨の火曜も同じ(俵万智)

2018年11月14日 (水)

残業の後に何があるのか

今日は珍しく残業です。いつも午後6時には職場を出るのですがどうしても今日中にしなければならない業務があり、職場を出たのは午後9時半でした。最終バスに乗るにはこの時間が限度。

この4~5年はほとんど残業をすることはありませんが、それ以前は夜9時までの残業が当たり前でした。繁忙期には午前様もしばしば。当然バスはないためタクシーで帰宅することに。職場の近くに病院があり、たいていはタクシーが客待ちをしていたのでそれを利用していました。その頃はポイントカードが貯まるのがうれしいという時期。でもそんな毎日だと体を壊しちゃいますよね。

今から15年ほど前でしょうか。マイカー通勤をしていて、毎日自宅にたどり着くのが夜11時という日が続きました。当時NHKはその時間帯に連ドラを放送していて、遅い晩ご飯を食べながらそれを見るのが日課。ドラマのタイトルは確か「アイムホーム」。石坂啓原作。主人公の男性(時任三郎)は家族が白い仮面を被っているという幻視に悩まされるという設定でした。大塚愛のエンディングソング「あなたが恋しくて~、恋しくて~、ずっと、ずっと、大好きだよ~」を今でもときどき思い出します。そういうときって、なんだか甘酸っぱい気持ちになるんですよね。あの頃は仕事も超多忙でストレスが大きく、子供は小さく、妻も働きに出ていて会話もほとんどないなど大変だったとき。それだけ家族に求めるものが切実だった一方で、どこか充実していたのかも。

今夜、最終バスに乗ると途中でコート姿の若い女性が乗り込んできました。私が毎朝乗るバス停でしばしばみかける女性です。この女性は私に気づかないまま2つ前の席に座り、ずっと外を眺めていました。途中、乗り換えのためにバスを降りるとき、彼女の顔を見つめると「わわわっ」と。「なんでこのバスに?」という感じかしら。少なくとも嫌そうな顔はしなかったので安心しました。

疲れていたので、これから飲みに行こうなんて誘う気持ちになれません。誘ったところで断られるのが落ちですが、そもそも気持ちが萎えているのがわかる分、老けたような気がして残念です。次に彼女と会う朝は元気よく話しかけたいな。

上り下りのエスカレーターすれ違う一瞬君に会えてよかった(俵万智)