2019年3月12日 (火)

カウンターではおしゃべりがいっぱい。冷凍庫には料理がいっぱい。

2ヶ月ぶりに馴染みの小料理屋にいき、いつものカウンター席に座りました。

「2月は常連客が誰も来なくてねえ。お客さんがいないときはお店のテレビを見ていればいいなんて言うけれど、ずっとテレビ見てるのも寂しいでしょう。そういえば先週近所の知り合いが訪ねてきてね、2階の階段から転げ落ちてたいへんだったのよ・・」

久しぶりに会っただけに、おばちゃんはおしゃべりしたいことがたくさんあったようです。話に夢中でお通しがなかなかでてこない。最初の一品がでるまでに焼酎のお湯割りを2杯飲んでしまいました。よくまあしゃべるしゃべる・・・

おしゃべりの合間に、桜エビとにんじんの千切りの和え物、牡蠣の佃煮、ザーサイ、タマネギのケチャップ煮、と思い出したように小鉢がでてきます。

しばらくすると「あなたが来てちょうどよかった」と、オーブンレンジのオーブンの使用方法について質問したり、携帯電話の電話帳登録方法の確認など、他人には聞けないようなことを私に教えてもらえて満足そうでした。

普段お客さんもいないし(この10年、常連客以外の客を見たのは1回だけ)、常連客も亡くなったり、老人ホームに入ったりしてずいぶん少なくなりました。東京から鹿児島に出張で来る常連客も、最近は関東での仕事が忙しいらしく、鹿児島には足が遠のいているとか。

そんな彼の噂話をしていると、その常連客からお店に電話がかかってきました。私も近況報告など他愛もない話に参加。仕事が難航しているようで彼は元気がありませんでした。いつもお店で豪快話をしている彼がこんなに弱気な声をしているのは珍しい。相当仕事が大変のよう。

なんだかんだといろいろありましたが、おばちゃんにとっては久しぶりに賑やかな夜だったのでしょうね。帰りには牡蠣の佃煮と奈良漬けを持たせてくれました。店を出ようとした時も立ち話が10分ほど続き、名残惜しそうでした。

「最近、お客さんがまったく来ないから時間あるでしょう。だから料理をつくっては冷凍庫にいれているの。だから冷凍庫はいっぱい。昔はお客さんが次から次へときて、出す料理がなくて大変だったのにね・・・」

おばちゃん、ご心配なく。私はまた来ますからね。

菜の花といふ平凡を愛しけり(富安風生)

2019年3月10日 (日)

鹿児島ユナイテッドのシャトルバス 発着場所っていつ変更したの?

9日は鹿児島ユナイテッド対ヴァンフォーレ甲府の試合を見に、白波スタジアムへ行きました。

鹿児島中央駅西口のシャトルバスの発着場へ12時前に到着し、さっそくバスへ乗り込みました。今日の試合開始は午後2時。まだ時間があると思っていたらバスの座席はほとんど埋まり、出発の12時5分には満席で2人が乗れませんでした。今日の目標人数は4000人と開幕戦の半分程度だったので安心していたんですが、天気も春らしい穏やかな好天。いい観戦日和だと出足も好調のようです。

しかし、試合が始まる頃には雲が広がり、桜島も噴煙をもうもうと上げて不穏な感じに。前半PKはウタカがボールを枠の外に蹴りラッキーでしたが、試合はヴァンフォーレペース。押されていた後半、ゴール前の混戦からシュートを決められ、ついに先制されてしまいます。

ヴァンフォーレは3トップながらディフェンスの戻りが早い。ユナイテッドがボールを奪っても、ヴァンフォーレディフェンスのフォーメーションがきっちりできていて全く空きスペースがない! ユナイテッドも何本もシュートを放ちましたが、観客席の私から見ていると、とてもゴールに入りそうにない、苦し紛れのシュートに見えました。

また、中原秀人がボランチのポジションだったのが不思議。彼はトップ下の方がいいのでは。右サイドバックの赤尾もゴール前で中にボールを入れて敵FWにとられる凡ミスをしたり、なんだかちぐはぐ。FW韓は徹底的にマークされ不発。ディフェンスでは選手達が走力・スタミナで完全に負けていました。結局0-1で2連敗。点差以上に実力差を感じた試合でした。

帰りのシャトルバス。昨年と同様市民文化ホール前へ。20人ぐらい並んでいたのでその最後尾に並びました。しかしバスが時間になっても来ない。本部席に戻って尋ねると武道館横が発着場所との説明。さらにバスが遅れていて人があふれていたとの情報も。ばかばかしくなって、結局歩いて鹿児島中央駅へ向かいました。ついてないときはこんなもんでしょうね。

春風や堤長うして家遠し(与謝蕪村)

2019年3月 8日 (金)

献血ができる喜び、私にできる数少ない社会貢献

今日は仕事は休み。午後から天文館献血ルームにいったところ定休日。そこで「かもいけクロス」へ行きました。

高校2年生の時に初めて献血をしてから、これまで少なくとも年に1回は献血をしています。特に就職してからは成分献血が始まり、2~3ヶ月ごとに献血(ほとんどは成分献血)をするようになりました。

若い頃は献血をするのは当たり前と思っていましたが、30代後半のとき、職場で献血の協力をしたときのこと。応じたのは私一人だけでした。そこで当時の会社の同僚に献血するよう薦めたところ、血液の性質やC型肝炎などで全員が献血不可との返事。そう、20数人いるなかで献血ができる体は私一人だけだったのです。

その出来事を経験してから、できるだけ献血をするようになりました。献血カードを作ったのは確か20代。今日の献血でカードには「61回目」が記録されました。

昨年ぐらいから、献血ルームに行くと献血室に入るまでずいぶん待たされます。今日もベッドが全部埋まっていると言うことで20分近く待ちました。昨年は成分献血は十分確保されているとの説明があり、400ccの献血を求められたこともありました。これだと十分血が足りてるみたいですよね。

しかし、事実は昨年に比べて減少しているんですね。献血室のテレビ画面に統計のデータは、そのことを示していました。少子高齢化で血液が必要とする人は増え、若い人が少なくなり、ましてや献血適性も厳格化。長期的にみると血液が足りなくなるのは当然でしょう。

今年2月、有名女子水泳選手が白血病であることを告白しました。以来、彼女への応援メッセージや骨髄バンクの相談が増えたと連日報道されました。しかし、覚えている限り、骨髄バンク登録者数が増えたというニュースは一度もありません。彼女の告白後の登録件数は公表されていませんが、実際は増えていないのであえて報道しないのかもしれないと勘ぐりたくなります。

「言うだけは『ただ』だから」と揶揄(やゆ)する気はありませんが、実際に彼女を救うために行動できる人はほんのわずかだと思い知らされます。手前味噌で恐縮ですが、体の一部を提供する(あるいは提供できる)とは本当に貴重なこと、そして人を救えることは本当に幸せなこと。献血前、検査室の壁に中学生の描いたポスターが張ってありました。輸血を受けた人々が笑顔を見せていて「ありがとう」の文字が大きく表示されたポスターでした。この絵を見ながら、ふと、そう思いました。

紅梅の花にひねもすこもり居てまだあるのかいとたずねつ(土屋文明)

2019年3月 7日 (木)

憎っくき野良猫を挟み撃ち・・・ のはずだったけど

私の家の庭に、しばしば野良猫がやってきます。庭にはぐり石を敷き詰めていて、一部が植え込みとなっているのですが、猫にお気に入りの場所があります。いつもそこの石をどけて土をあわらにしたり、宿根草を掘り起こします。そして最も嫌なのがウンチ。匂いがひどくて窓を開けられません。

妻はガーデニングが趣味なので、庭が猫に荒らされるたびに「おしりの穴に唐辛子を突っ込んでやりたい」と物騒なことを口にします。植え込みのところには不織布シートを敷き詰めて、猫が土を掘り越せないようにガード。また、庭への通路もネットを張って猫が侵入できないようにしているのですが、それでも猫は侵入してきます。困ったものです。

今朝、出勤の準備のために着替えていると窓越しに猫がいつもの場所で石をどけている様子が目に入りました。土を露わにしてそこにお尻を据えています。ちょうど犬がお座りのポーズをするような感じで。猫に気づかれないようにこっそりと家族にそのことを教え、挟み撃ちにしようと計画しました。

私が静かに玄関を開けて猫に近づくと猫は奥の方へと逃げていきました。しかし、その先には娘が待ち受けています。左側は家の壁、右側は高さ1mぐらいのブロック塀。猫を蹴飛ばせるはずでした。

ところが猫はブロック塀の上へジャンプ。そのまま3m下のコンクリート敷きの駐車場に飛び降り、脱兎のごとくかけていきました。まさかこの高さから飛び降りるとは。ネットで調べてみると6~7mぐらいの高さなら無傷で着地できるらしいですね。少々猫を甘く見ていました。

しかし、この様子を見ていた家族全員大爆笑。スカッとしました。

冬空や猫塀づたひどこへもゆける(波多野爽波)

2019年3月 6日 (水)

「日本国紀」を読んで考える 歴史をねつ造しているのはそれを主張している国や新聞社ではないのかと

「日本国紀」(百田尚樹)を読みました。

百田尚樹と言えば「永遠の0(ゼロ)」などが有名や小説家ですが、度々政治的な発言をしては朝日新聞からバッシングされています。この本を読んでその理由がよくわかりました。

縄文時代の太古から平成の現在までの日本の歴史を書いています。ストーリーテーラーとしての面目躍如というところでしょうか。とても面白い。例えば明治維新を描いた第8章では、「靖国神社の始まり」(戊辰戦争の官軍が祀られている、賊軍も併せて祀るべき)、「廃藩置県」(廃藩置県後、日本の交通や生活空間は大きく拡大したにもかかわらず、都道府県は固定されたままなのは日本人の特性なのか)など、簡略ながらもコラムに現代からの視点を加えてわかりやすく解説しています。

筆者の日頃の言動を見てもわかるように、中国や韓国への歴史ねつ造行為への批判は健在です。韓国は昔、大和朝廷が朝鮮に進出していたことが許せないようですね。例えば私が中学生の時は教科書で学んだのは「4世紀から5世紀に朝鮮半島南部に存在した任那(みまな)を日本が支配していた」しかし、韓国の学会がその問題を認めないよう日本に要求した結果、教科書には日本の任那支配の記述がないそうです。

韓国は日本の行為をよく「歴史ねつ造、戦争に反省がない」など批判しますが、韓国の歴史のねつ造は相当徹底していますね。

ほかにも日本式の前方後円墳が韓国内で見つかったときも日本支配の象徴なので破壊しているとのエピソードも添えられていました。すごいなあ。以前、剣道が韓国発祥だとねつ造したり、テコンドーを優れた武術だと世界にPRしていますが、厚かましすぎて軽蔑したくなります。(テコンドーは、昭和になって来日した朝鮮人が日本の松濤館流空手を真似て作った新しい格闘技です)

そして朝日新聞批判も凄いですね。戦前の戦意高揚や国民を煽ってきた過去を詳細に取り上げるとともに、戦後は逆方向に転換し、マッカーサーを神社に祀ろうとしたり、世論とかけ離れていた安保反対論陣を張ったこと、文化大革命において中国共産党を支持し続けた(現地での残虐行為に目をつむった)ことなど、これでもかと書いています。

朝日新聞がよくネット右翼を批判しますが、もう少し謙虚になって日本国民の怒りの声を聞いてはどうでしょうか? 少なくとも韓国国民の怒りの声を聞くよりも大事だと思いますよ。(あるいは過去の条約や取り決めを無視して謝罪を求め続ける韓国を、国際基準に照らして批判してはどうでしょうか?)

くれないの梅ちるなべに故郷(ふるさと)につくしつみにし春し思ほゆ(正岡子規)

2019年3月 5日 (火)

スマホをゲットした妹と福岡から帰ってきた姉

週末、高校生の娘(妹)が妻とドコモショップへ。高校2年の3学期になってようやくスマホをゲットすることができました。

娘は中学生の時にiPodを持っていたのですが、部活の公式戦のときにいじって遊んでいたところを顧問に見つかり問題に。妻は学校に呼び出されてずいぶん叱責されたようです。その日の夜、怒った妻が娘のiPodを金槌でたたき壊し、服と学用品以外の私物はすべてゴミ出し。以来、娘がどんなに懇願しようともスマホは買い与えずにきました。

スマホを買うには成績アップが妻の条件。学年25位以内を目標にしてきましたがこの2年間はるかに順位は下。妻が譲歩して、Z会の国語の難関校向け通信講座で満点を取ることを条件にしました。

娘は俄然やる気が出たみたいでいきなり2つも満点をゲット。不純な動機ほど強いと言いますが、娘には完全に当てはまるようです。確かに友人同士の連絡はLINEばかり。学校の連絡網が回ってこないこともしばしば。いろんな苦労があったようです。

二度とたたき壊されないように、「夜9時以降はスマホに触らない」というルールを守ってもらいたいものです。

そして月曜日には福岡で浪人をしていた娘(姉)が1年ぶりに帰宅しました。国立大学の合格発表はまだですが、すでに私立大学の合格があったのですっかり安心しています。自宅に帰ってきて早々、私に向かって「お父さん、大学生になったら帰ってこないからね」「えっ、夏休みや冬休みはどうするの?」「アルバイトで稼ぐ。いつでも海外旅行に行けるように」

なるほどね。姉はいじらしいほどにケチ。どうしてこんな節約ができるんだろうというぐらい。一歩間違えれば守銭奴(しゅせんど)です。やっぱり商学部志望ですから違いますね。

それはともかく、海外旅行に行くことが目標というのが心強い。妹もよく同じことを口にします。娘達の視線が海外にあるだけでもたいしたものだと内心喜んでいます。気持ちが世界に開かれていることの証左ですから。

こんなにも嬉しいことであったのだ、そう、学校に行くということは(俵万智)

2019年3月 4日 (月)

裸麦がすくすく チンゲンサイが満開 クローバーが旺盛

週末は市民農園に行ってきました。

この冬の暖かさは異常でしたね。この冬は一度も氷を見たことがありません。しかし、この市民農園では霜で真っ白となった畑や、霜柱が見られたので、それなりに冬の体験ができたかも。

今日はスティックブロッコリーを数本収穫しただけ。ブロッコリーは大きな葉の付け根がもろくなっていて、収穫時に簡単に折れてしまい、茎だけが残る無残な形に。もうこれ以上の収穫は見込めそうにありません。

芽キャベツはまだ結球が残っていましたが、収穫には早いかなと思い、あと1週間待つことにしました。それ以外の野菜は放置。チンゲンサイは20本ぐらいが黄色い花をつけ、菜の花畑のようになっています。カブはそのまま。あちこちに葉が見られますがひっそりと存在を主張している感じ。ソラマメが2,3本花をつけていましたが、茎の姿が弱々しくてちょっと心配。

その一方でハダカムギの生長がすごい。上に伸び出したらこんなに早いんですね。もう50センチほどの高さになりました。そしてクローバーも負けじと地表を覆い、高さも20センチ!ぐらいあります。こんなにでかいクローバーを見たことがありません。しかもそれが密集しているので迫力があります。力強い生命力を感じます。

数ヶ月前はナズナ(ぺんぺん草)がほこっていて恐ろしいぐらいの生命力を感じましたが、今や主役が逆転したようです。いよいよ春本番ですね。

「はだしのゲン」では「麦のように」成長する姿を描いていますが、実際に麦の生長を見るのは私には初めての体験。たくましく育つ様を麦に見立てる理由がよくわかりました。そしてクローバー。クローバーの成長力はすごい。セロリ、ニンニク、水菜、ジャガイモは完全にクローバーに負けていて姿形はまったく見えません。

農園を始めた頃は地蜘蛛をよく見かけていました。歩くたびにぴょんぴょん跳んで逃げていましたが、最近は見なくなりました。草むらに隠れているのかもしれません。そして一時期頻繁にできていたモグラ塚も見なくなりました。季節の変わり目なんでしょうか。それとも畑の環境が変化したんでしょうか。だからといって特段詮索することもなく、ただただ畑の変化を楽しんでいます。

耕人(こうじん)に傾き咲けり山ざくら(大串章)

2019年3月 2日 (土)

桜島の降灰予想が風向きから爆発確率へ さすが京都大学防災研究所

今日は京都大学鹿児島講演会に参加しました。講師は桜島の防災研究所の井口教授。火山防災の第一人者です。

マグマの発生から噴火にいたる経緯について、火山の一般的な知識について講義をした後、桜島の噴火の特徴について説明がありました。マグマには水や二酸化炭素が溶け込んでいます。マグマが地表近くに上昇すると圧力が下がるためにマグマのなかに泡が発生し、それが火山の爆発の原因となるとのこと。

例えると、サイダーの瓶の蓋を栓抜きであけると泡がでてきます。これは蓋を開けることで圧力が下がり、サイダーに溶け込んでいた二酸化炭素が泡となってでてくる現象です。マグマが火山となって噴火するときも同じ現象なんですね。目から鱗(うろこ)です。

そしてサプライズがもう一つありました。講演後の質疑応答のとき、最後の質問が「桜島の降灰(爆発)の確率予想ができるようになるのは何十年後でしょうか?」。

井口先生は「グッドクエスチョン!」といい「実は爆発予想について研究中で、5年後には実用化できるように取り組んでいる」との説明がありました。

鹿児島県外の人は知らないでしょうが、鹿児島県内の天気予報には、桜島上空の風向き予想が必ずあります。しかし、桜島の爆発時刻の予報はありません。したがって桜島が爆発するかわからなくても風向きが自宅方向であれば洗濯物を干すのを控えようという判断を鹿児島県民はしています。

井口先生の回答によれば「6時間以内に爆発する確率は何%、12時間以内の確率は何%」といえるぐらいまで研究は進んでいるとか。数年後には天気予報で確率をお知らせできるレベルにまでなるみたい。大いに期待したいですね。

ところで今日の聴衆は定員250人に対して249人。事前申込制だったのですが当日飛び込みも10人以上いたようで会場は満席でした。雨天にもかかわらずこの集客力。京都大学事務局の職員も驚いていました。さすが井口先生。鹿児島での人気はすごいですね。

春雨や蓬(よもぎ)をのばす草の道(松尾芭蕉)

2019年2月28日 (木)

「古代中国に実在した幻の妃」って結局いたの?いなかったの?

数年前から中国語の勉強を始めた妻は、毎日録画した中国ドラマを見ています。今見ているのはBS12で放映中の「麗王別妃」。私もつきあわされてよく見ているのですが、中国ドラマには一定のお約束があるようです。

一つは血を吐くシーン。体の調子が悪くなると血を吐きます。腹を殴られると血を吐きます。疲労が激しくなると血を吐きます。毒を盛られると血を吐きます。顔を殴られても血を吐きます。体を刀で切られても血を吐きます。矢が背中に突き刺さっても血を吐きます。最初はなんて怖いドラマなんだと思っていましたが、どうやらこれは中国流の演出なんですね。健康を害したり、傷を受けたことが重大と視聴者に認識させるための。だから因果関係は無視して当然なんでしょう。

次によくあるのが歌のシーン。仲睦まじい様子、落ち込んだ様子、悲しい様子を表現するときに必ず歌が2~3分ぐらい流れます。妻は歌が流れると早送りします。まったくドラマが進展せず、セリフもないので、せっかちな妻には無駄に思えるようです。

そして戦いのシーン。飛びます。何しろ飛びます。地上から屋根に飛び上がるのは当たり前。賊が屋敷を襲うシーンでは賊たちは屋根の上から飛んできます。戦闘シーンでも助走なく10m以上前方に飛んで刀で切りつけます。

そして野外のCG。春の野原のシーンでは影がない。先週の冬山のシーンでは吐く息が白くなることもなく、普段着なのに手がかじかむ様子もみられない。それぐらい演技してよ(あるいはCGでカバーしてよ)

また、ストーリー展開が主人公に異常に偏向しているせいか、他の登場人物の言行があまりにも不自然。前のドラマでは、仲のよい兄が殺されているのにチラ見もせず、主人公を助けて逃げ出す優しい王女、というシーンがありました。優しい性格なら兄のことも少しぐらい気にかけるだろうっ 普通! そしてキスシーン。千年以上前の中国にキスの習慣があったとは驚きです。日本の時代劇ならぜったいにあり得ません。

結局、辻褄が合っているかよりも、内容が面白いかどうかが中国ドラマの基準なんでしょうね。あるいは中国にはこの程度のことでは難癖をつける人がいないのかも(逆に日本では些細なことでクレームをつける人が多すぎるのかも)。

私はいつもドラマを見ながらこれらのことにいちいち突っ込みを入れるので、妻から煙たがられます。一緒に見るのは諦めて、一人で楽しんでください。

やさしすぎるキスなんかしてくれるからあなたの嘘に気づいてしまう(俵万智)

2019年2月26日 (火)

「ハート・ビート」と「ラ・ラ・ランド」と「フラッシュダンス」

映画「ハート・ビート」を見ました。

高校生の娘のお薦めです。バイオリンとバレエとストリートダンスのコラボレーション。ストーリーは単純ですがダンスがあちこちにちりばめられて魅了します。

数年前、アミュで「ラ・ラ・ランド」を見ました。オープニング、渋滞中のハイウェイで繰り広げられるダンスで度肝を抜かれました。しかもノーカット。もちろんCGなし。エンディングテーマが流れる中、映画館の階段を降りるときは音楽に合わせて踊りたくなるような満足感でした。

「ラ・ラ・ランド」を見て数日後、ネットでサントラ盤を買い、毎日のように聞いていました。娘達にも映画の感動を伝えると彼女たちも興味津々。先日、この「ラ・ラ・ランド」がBSで放送されました。それを知った娘が録画して見ていました。その日から娘は毎日のように「ラ・ラ・ランド」のサントラ盤を聞いています。似た親子だな。

昔の映画を見ているとダンスシーンが多いのに驚きます。主人公の男女が舞踏会の会場で、煌(きら)びやかな衣装を身にまとって社交ダンスを繰り広げるシーンが定番。子供のころはなんでこんなつまらないシーンがあるんだろうって思っていました。ほんと子供ですね。

しばらくしてあのシーンはヒロインに自己投影するためのシーンだと思い至りました。当時の観客はああいうのに憧れていたんですね。でも今はEXILEのようにチームのダンスが主流。激しくシンクロするシーンは大迫力。当時リズミカルでよく見た「フラッシュダンス」が今ではスローモーションのように感じます。ダンスの進化ってすごいですね。

ところで「ハート・ビート」。あのバイオリン演奏は実演? もし本当ならすごすぎる~!

焼き肉屋「大将軍」が食べ放題の「くいどん」になるほどの年月(俵万智)