2019年7月 5日 (金)

「弱小」の代名詞 東大野球部94連敗からの脱出劇 カギは食にあり

小論「組織作りと人材育成 ー東大野球部94連敗からの脱出劇に学ぶー」(浜田一志)を読みました。

東京六大学という大学野球の最高峰のリーグ戦。東大は、早稲田、慶應、法政、立教、明治というプロ野球選手を多数輩出している大学と対戦しているだけに勝つのは容易ではない。ましてや東大には野球の推薦入学はありえないから。小論によれば「東大野球部を一言で言うと『甲子園軍団に浪人軍団が挑んでいる』チーム」だとか。

浜田監督はさまざまなマネジメントで東大野球部を強化していくのですが、注目したのは優先順位でした。優先1位がなんと食事。2位がランニング。3位が筋トレ、4位にようやく「守備」練習がでてきます。

まず食事。1食2合、1日5食で計6~7合食べ、予算の許す限りの肉と野菜を合わせて1日4000~5000キロカロリー摂るというからすごい。食育のために「米奉行」という制度があり、食材の安価調達が役割だと言うから徹底しています。完全に相撲部屋ですね。

この食事だけで選手の筋肉体重が4年間で10~20キロも増え、体重が増えると打球の飛距離は10~15m伸び、下半身が安定するので投手の制球力も向上するとのこと。もちろん練習もするからでしょうがこの効果は注目です。

私も大学時代、少林寺拳法部に入っていました。入部当時は体重は63キロ。胸囲は85センチ程度でした。それが部活を始めてから1食1合半から2合食べ、牛乳は1日1リットル。鶏肉は1度に300~400グラム食べてました。少林寺拳法の練習では毎日基本の突き蹴りはもちろん、拳立て50回、しゃがんで蹴り上げ(スクワットと蹴りの複合)50回の筋トレがありました。

その結果、毎年5キロ以上体重が増え、大学を卒業する頃には体重は80キロ、胸囲は100センチを超えていました。けんかに強くなったかはなんとも言えませんが、たくましい体つきになったのは自信をもって言えます。また、体が硬い私でも毎日柔軟運動もしていたので、いわゆる「また割り」(足を開いてそのままお尻が地面につく)もできるようになりました。若いっていいですね。

さて、話を野球に戻します。「弱くても勝てます」(高橋秀実)というスポーツノンフィクションの佳作があります。東大進学率ナンバーワンの開成高校野球部の物語です。入部してくるのは未経験者ばかり。練習時間がほとんどとれない野球部の練習は独特です。打撃練習を優先し、守備練習にはほとんど時間をとりません。投手はストライクに投げることだけ練習します。監督の信念なんです。そしてこれでも実力高に勝利することもあるというから、スポーツって面白いんですよね。

言葉ではない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!  ラン!(加藤治郎)

2019年7月 4日 (木)

高校生の娘の学習計画をたてて1週間 計画どおりに進んでますか?

週末、高校3年の娘の進研模試が終わった後、一緒に勉強の計画を立てることになりました。計画を立てようにも私は娘が普段何を勉強しているかを知りません。そこで全教科の授業の内容と予習復習の取り組み状況を訊いてみました。

まず国語。古文漢文は授業中に意味を調べるので予習なし。復習はテスト前だけ。英語も単語の意味を授業中に調べるので予習はせず、復習はテスト前だけ。

そして数学。1,2年生のうちにすべての範囲を修了しているので現在は問題集を解いているとか。授業中に生徒が当日の範囲の問題を板書する時間に次回の範囲を解いているので授業以外に予習せず。そして復習もしていない。

理科社会も課題(宿題)があるときはやるものの、基本的にテスト前に復習するだけ。

そして独自の勉強(問題集)もまったくしていない。要するに学校からでた課題をやるだけで、授業の予習復習はまったくしていないということがわかりました。これで受験生なのかね。トホホ。

本人は英語、数学、日本史を重点的に勉強したいということでした。それらを考慮して次のように計画をたてました。

平日。朝食前に英文法問題集を1単元(4ページ)30分。通学バスでキクタン。学校の始業前に数学の基本問題2問(20分)。放課後に数学の基本問題4問(40分)。帰宅してから日本史の記述問題1問(30分)。英語長文問題集を1単元(4ページ)30分。

週末。平日に解いた問題集の復習(もう一回解く。それぞれ1時間)。Z会の国語と日本史を1日1問(それぞれ30分)。残りの時間に学校の課題。

問題集の程度は初級クラス。2週間で終わる分量。数学も基本問題。とにかく簡単な問題を毎日確実に解き、そして前日解いた問題を5分でいいからもう一度見直すようにと何度も念を押しておきました。大事なことは基礎の定着。そこをおろそかにしていると絶対に学力は伸びないと口を酸っぱくして言いました。

で、この3日間。大雨で学校は休校。私が見る限り、家にいる娘の態度は従来と変わりません。学校が休みだと喜んでいるだけ。いったい誰のための計画なんだか。

「啓発」という言葉。これは論語が出典です。「憤(ふん)せずんば啓(けい)せず、悱(ひ)せずんば発(はっ)せず」(論語 述而第七)。口語訳は「(わかりそうでわからず)わくわくしているのでなければ指導しない。(言えそうで言えず)口をもぐもぐさせているのでなければはっきり教えない」です。

孔子は啓発主義でした。本人がやる気をもって勉強しない限り、何を言っても無駄ということ。昔だったら跡を継げとか農作業を手伝えと言えたのにね。しかし、現代社会では無駄とわかっていても、何度も繰り返し教えるしかない。考えてみれば、今の子ども達は昔のような肉体労働的な逃げ場がなくて可哀想とも言えますね。

私語やめぬ生徒を叱りつけておれば古典文法ひ、ひ、ふ、と笑う(俵万智)

2019年7月 3日 (水)

あなたたちはだまされている 自己努力より政治力(他力本願)

朝日新聞が7月1日から3日連続で「安倍支持の空気 2019参院選」という特集記事を掲載していました。

第1回を要約すると、安倍内閣の支持率は18~39歳で際立って高いのが特徴。社会保障などで将来に回されたツケを負担する若い人々が、いまの政治を支持する理由を知りたいとインタビューを実行。インタビューに応じた人は「頼りになるのは政治ではなく、スキルとお金。自分のことは自分で守るのが当たり前」「じぶんでなんとかするしかない。だから変化を望まない(から自民を支持)」とコメント。記者の感想は「彼らが生きている世界と政治がつながっていないような感覚」

第2回。非正規雇用が10年で350万人増え、働き手に占める割合は38%と過去最高。背景にはバブル崩壊後の雇用情勢の悪化や自民党が進めた規制緩和などがある。格差の拡大や貧困を政治の問題と感じないのかとインタビュー。応じた人は政治に期待せず、自分で解決する問題と認識しているのがほとんど。そして、格差の拡大を容認している貧困層は自民党を支持しているとの分析も。

第3回。かつての野党の支持者が今や自民党支持に変節。右や左の政策よりも党首のリーダーシップが投票行動を決めているとの分析。そして、第1回から第3回まで、いずれも野党がふがいないからという声を掲載。

順番に突っ込みを入れていきます。まず第1回。社会保障でツケを支払う若者の不満を野党がどうして吸収できるのか? 立憲民主党や共産党が政権をとれば、社会保障費が増えるに決まっている。そうなれば若者の負担は一層増えるのに、野党を支持するわけない! 政府があてにならないなら自分でなんとかするしかない、とは非常にまっとうな考え方です。

次に第2回。自分の生活は自分で解決する。それを政治で解決しようとするから世の中がおかしくなってきていると気づいているんですよ。50年前なら格差の拡大(貧困層の増加)がアカハタの林立を招いていたでしょう。でも共産主義では豊かになれないことが歴史的に実証された今、共産主義の残滓が漂う野党を忌避するのは当然でしょう。

そして第3回。野党の真の支持者など昔から存在していなかったことを如実に示しています。候補者への投票行動は昔から政策本位ではなく、世間のしがらみであったと。今ではそのしがらみがなくなり、自由な意思で投票できるようになった。すばらしいじゃないですか!

朝日新聞の記者のみなさん、今回の取材を通じて、安倍内閣を倒すことができない理由がわかりましたか? 私から見ると「自律した行動をとる人々よ、おまえたちは自民党に騙されているぞ」との印象を与える目的で掲載されたとしか思えない、不思議な特集記事でした。

つねに敗者の立場に立ちし言説をいやしきものとこの頃思う(小高賢)

 

2019年7月 2日 (火)

アミュ地下フードコートの奇妙な人々 おじいさんダンサーの巻

月曜日、火曜日と雨が続きます。どうやら鹿児島市内の小中学校や高校は水曜日、木曜日と休校とのこと。大雨に対する警戒が強まっています。

仕事からの帰り、バスを待つ10分余りの間、私はしばしばアミュ地下のフードコートで時間をつぶします。本を読んだり、飲食をしたり、人物観察をしたりとその日の気分で過ごしています。

普段は学校帰りの高校生や短大生で混雑するのですが、さすがにこの2日は少ない。明日、明後日が休校ならば今週は商売あがったりかもね。休校で出歩く勇気のある学生はそんなに多くはいないでしょう。これで大雨のトラブルに巻き込まれたらそれこそ「大馬鹿者」です。

こんなアミュ地下にも常連の顔があります。学生は年々変わっていきますが、お年寄りの皆さんは変わりません。おばあさんたちはあちこちでグループつくっては駄弁り合い、おじいさんたちはたいてい一人でスマホ(?)をいじったり、お弁当を食べたり。ぼーっとしていたり。新聞を読んだり。何度も、そして何年も目にすると自然と顔を覚えます。

その中でも異色の存在がおじいさんダンサー。鍛え抜かれた肉体でアミュ広場でダンスをしています。いつもキャップに黒いサングラス、イヤホンを耳にはめ、体を動かしては奇声を発しています。ダンスの切れ味はさすがですが、体力が続かないのか、私が見ているときはいつもダンスは10秒以内に終わり、休憩に入ります。私が立ち去るまでに2回目のダンスを始めた記憶はありません。持久力は年相応なのでしょう。

お年寄りになって家にこもるよりも、にぎわいを感じる場所に身を置きたいという人もいて当然。とにかく注目されたいダンスじいさんはともかく、大抵のお年寄りは何か目的があるわけでもないようです。阿久根の24時間営業のスーパーでも、このようなお年寄りがちらほらしています。どこも変わらない風景なのでしょう。

今日の私は「學士會会報」の小論「自公政権の二十年」(中北浩爾)、「米中対立はなぜ深刻化したのか ー露呈した『社会主義市場経済』の限界ー 」(阿南友亮)を読み、時間をつぶしました。バスの時間がきたので席を立って向かおうとすると、近くにダンスじいさんがやってきて、いつものように女子高生のグループに話しかけ、そしていつものように備え付けの水を飲んでいました。ちなみに彼がフードコートの商品を飲食する姿を目にしたことはありません。

いつもの風景を見ながら、逆に考えました。常連のお年寄り達は私の存在に気づいているんだろうか? 彼らからすれば私はどのような存在なんだろうか? 彼らの表情を観察する限り、おそらく私の姿は数多く訪れるアミュの客たちの風景でしかないかもしれません。

ゴッホ展ガラスに映る我の顔ばかり気にして進める順路(俵万智)

2019年7月 1日 (月)

梅雨の末期の大雨 濡れず遅れず出勤するのも芸のうち

先週末から雨が降り続きます。土曜日こそ夜は上がりましたが、その後は断続的に強い雨が鹿児島市内に降り注ぎます。

日曜日に市民農園を見に行きましたが、他には誰もいない。こんなに日来る物好きは私だけのようです。カボチャが3つとも1mぐらいに蔓(つる)が伸び、葉を広げていました。キュウリも30センチほどの高さまで大きくなっていました。ちゃんと根付いたようです。それ以外はクローバーが広がっているだけ。寂(さび)しいような、賑(にぎ)やかなような。結局この日は草取りもせず、眺めただけでした。

日曜日の深夜、土砂災害情報を伝えるエリアメールが鳴りました。2度も。最初鳴ったときには雨音もしていないのになんで? と思っていたら数分後には屋根にたたきつけるような豪雨。おそろしい、圧迫感を感じさせる雨でした。

今朝はゴム長靴に雨合羽のズボンをはいて出勤。バス通勤の途中、またもエリアメールが。バスの乗客全員の携帯・スマホから鳴り響くのは怖いですよね。ちょうど高麗橋を通り過ぎたところでしたがこのあたりは冠水。恐怖感が増します。幸い遅刻せずに会社に到着。重装備のおかげでほとんど濡れずにすみました。

会社では4人ほどが遅刻。鹿児島市内に向かう道路は渋滞が相当ひどかったようです。特に伊集院からの道路はあちこちで冠水していたりで大変だったとこぼしていました。

私の妻も車通勤なのですが、万が一のために着替えを用意して出勤。いつもは1時間で会社に到着するところが今日は2時間かかったそうです。しかし無事故で到着できて何よりでした。先週の金曜日はチェスト館のある交差点の冠水がひどく、水深は50センチ、面積も交差点全面が陥没したかのような広さだったようです。深さがよくわからないまま突っ込んだためにエンジントラブル発生。結局その日は出勤せず、そのまま自動車修理工場に直行。幸いフィルターを交換するだけで済みました。今日はそれを避けようと3号線に迂回したら土砂崩れで通行止め。道を探すのに苦労したと話していました。

私の実家は川の近くだったため、いつも梅雨時は河川の決壊(洪水)が心配でした。父からは「家を建てるときには川の近くは絶対やめろ」と子どもの頃から言われていました。その教えを守って私の家は高台の斜面沿いにあります。おかげで家の周りの道路には冠水もなし。家にいる限りは安全です。

しばらく雨が続く天気予報です。用心に越したことはありませんね。

洋傘へあつまる夜の雨の音さびしき音を家まではこぶ(大西民子)

2019年6月29日 (土)

ユナイテッド完敗は悪癖再発が原因だ 1対1で勝てないなら考えろ 

鹿児島ユナイテッド対アルビレックス新潟を白波スタジアムで観戦しました。午後7時キックオフ。運良く夕方には朝からの激しい雨はやみ、スリッピーな芝と蒸し暑いコンディションでした。

前半、ユナイテッドは枝本がペナルティエリア前で相手ディフェンスをかわしてシュート。ポストがはじいたところを詰めていた酒本が押し込んで先制。いいスタートをきりました。

しかし前半30分過ぎに赤尾が反則を犯してPK。これを決められて同点となってそのまま前半を終了。後半はアルビレックスのカウンター攻撃で2点目、3点目を奪われました。特に3点目は砂森のクリアミスが、アンジュンスを越えてゴールに飛び込むオウンゴール。オー・マイ・ガッ!

1-3とリードされてからは、アルビレックスは完全にディフェンスラインが下がり、ユナイテッドのカウンター攻撃を警戒。ユナイテッドは相手エンドでボールを保持するも数的優位やフリーなシュート体勢はつくることはできず、そのままゲームセット。

ユナイテッドは前節で負傷退場した牛ノ浜、冨久は欠場。そして私が応援している藤澤も欠場が続きます。今日の試合は体が強い堤もベンチのまま。大きく戦力ダウンしていたことは否めません。

また、このゲームでは両サイドバックが攻撃の起点となる機会は非常に少なかった。右サイドバックの田中もサイドライン際まで広がって高めのポジションニングをとるのですが、チャンスをつくれず。そして砂森。今日は不調でした。特にディフェンスでは走力でアルビレックスのFWやオフェンシブハーフに完全に競り負けていました。

ゲーム全体でみると、ユナイテッドは中盤で1対1になったときに完全に力負け。空中戦ではニウドが一人気を吐いて競り勝っていましたが、それ以外のドリブル、キープではボールを奪われることが多かった。これじゃあ勝てないよ。

試合前に、ネットサイト「フットボール・ラボ」で両チームの分析を見ていました。ユナイテッドの攻撃はドリブルを多用。アルビレックスはロングボールを多用という傾向が出ていました。そしてアルビレックスのゴールは半数がセットプレー。そしてディフェンスではボール奪取がユナイテッドを上回っていました。

今日はこれらに注目して観戦したのですが、アルビレックスはユナイテッドのドリブルは封じ、ボール奪取が目立ちました。チームの特徴がよくでていたのは残念ながらアルビレックスの方でした。

ユナイテッドの特色はドリブルとショートパスの細かいつなぎのはず。ところが攻撃の時にゴール前に選手が集まるばかりで、中盤でボールを持っている選手のフォローが一人もいないというシーンが頻発。ここでボールを奪われてカウンター。どういうこと? 連敗中の悪癖が顕著だったのが今日の試合でした。

ゴール前にロングボールを放り込むパワープレーをしないユナイテッドが、どうしてこういう攻撃(ポジショニング)をするのか不思議です。もっとボールを持つ選手の周りにフリーの選手がポジショニングすべきではないでしょうか? 少なくとも2人はフォローが必要(選手3人が三角形をつくる程度は必要)だと思いますが、金監督はどう考えていますか?

昨晩の雨に湿(しめ)れる公園に惜しみなく笑うみどりごといる(俵万智)

 

2019年6月28日 (金)

哲学書がつまらないのはなぜ? 哲学はもう死んでいるから

哲学と言えば「意味がわからない」と同義語です。私も哲学書をいろいろと読んでみましたが、これだ、と膝を打つような体験はありません。

これまで買った哲学書や哲学者が書いた本は「ソクラテスの弁明・クリトン」(プラトン)、「方法序説」(デカルト)、「死に至る病」(キルケゴール)ぐらいでしょうか。

ギリシャ哲学は対話形式で書いてあり、話し言葉なので平易と言えば平易なのですが、単語の意味が理解できないとさっぱり。例えば「エロス」(プラトン)。「エロス」の意味が現代のエッチな意味とどうもつながらない。古代ギリシャは同性愛も一般的だったということもありますが、私にはよく理解できませんでした。

それに比べると「方法序説」は非常にわかりやすい。自然科学の分析と哲学がないまぜになっている不思議な本ですが、当時の科学のレベルはともかく、デカルトの言いたいことが理解はできます。時代遅れというか、現代で解明した答えを知っているだけに、彼の説(見解)の誤りに気づくのですが、それはそれとして問題解決の思考方法などはとても参考になりました。

「死に至る病」ははっきりいって意味不明です。「絶望」についての定義はわかります。最初の10ページはついていけるのですが、その後は何を言いたいのかわからない。いつもここで挫折してしまいます。

今読んでいる「読まなくていい本の読書案内」(橘玲)にはフランシス・クリックのエピソードが紹介されています。DNAの二重らせん構造を発見し、科学の歴史に巨大な足跡を残したフランシス・クリックは「哲学者だけが意識の問題に取り組める、という考えには何の根拠もない。何しろ哲学者は2000年という長い間、ほとんど何の成果も残していない」と哲学の死を宣告したとか。

思考、意識、認識などの世界では脳科学、進化論の研究が進むにつれて、どんどん謎だったことが解明されてきています。哲学では太刀打ちできなかったこと、あるいは問いさえ立てることができなかったことが、です。フッサールの現象学やハイデガーをこき下ろしているのが爽快です。

現代哲学が出口のない隘路(あいろ)に陥っているからこそ、今、哲学は見向きもされていないんでしょう。今の人たちは、このことを理屈ではわからなくても、感覚として(無意識のうちに)「わかっている」と言えるかも知れません。その一方で、こんな世の中でも西洋哲学をありがたがっている権威主義者、ヨーロッパ文化崇拝者には残酷な時代ですね。

私の父も「純粋理性批判」(カント)を読まなきゃ、といって数十年経ちました。未だに読み通すことができないのに本を大事にしています。若い日にすりこまれた権威主義、教養主義から脱却することができないとこうなっちゃうんだろうなあ。

人住まうことなき家の立ち並ぶ展示会場に揺れるコスモス(俵万智)

2019年6月27日 (木)

おばちゃんに格安不動産の購入断念を回答 あっけらかんとしてました

600万円の家付きの土地を100万円で買わないかと、小料理屋のおばちゃんから持ちかけられていた件について、今日、お断りの返事をしにお店に行きました。

入って早々に話を切り出し、週末土地を見たけど妻の理解を得られなかったことを説明しました。おばちゃんとしてはある程度覚悟していたのか、あっけらかんとしてました。

よほど関心がないんでしょうね。今回の土地の周囲の不動産の売れ行き(相場)や隣接地に住んでいる世帯の構成などにまったく無知識。私の方がずっと詳しくて、逆に周辺の不動産情報をおばちゃんに説明するありさまでした。

今日のお通しは、カニカマ、つけあげ2種類、小魚の干物、沖縄キュウリの塩もみにシーチキンの和(あ)えもの、インゲンのゴマ和え。お造りは鰹のたたき、タイ、貝柱。それにビール1本を飲んで、締めて2400円。ビールを注文しただけちょっと割高でした。

おばちゃんからは不動産の処分に困っているという話ばかり。別の人からも購入を打診されたけど買う気がないので諦めた話をしていました。

私も家庭菜園をするぐらいのスペースなら、100万円でもいいと思うのですが、何しろ場所が自宅から離れすぎ。車で1時間以上かかります。これではねえ。

おばちゃんは不動産のことでこれまでもさんざん苦労してきたようです。冷水にある自宅は8・6水害のときに崖崩れがあって半壊。今は解体して木を植えたり野菜をつくったりしているとか。宅地なのにねえ。金峰町の土地を買おうとした話も聞かされました。東シナ海が見える土地だったそうで坪単価5000円。ところが現地は山林。水道もない。てっきり造成地だと思っていたおばちゃんは手付金を20万円支払ったものの話が違うとして契約をしないままで放置。しばらくしてヤクザのドス声で自宅に来るとの脅迫電話があり、あわてて弁護士に交渉をお願いしたとか。結局、土地は買えず、金を取り返そうにも相手方がトンズラしていて断念したそうです。

私の場合は土地を買ったのは自宅の土地だけ。それまではずっと借家住まいでした。市民農園も10坪を年3000円で借りています。不動産で苦労らしい苦労はしていません。幸いです。

それにしても土地の売買というのは不思議ですね。売りたいと思っている人も、いざ買い手がつくと売り渋る。結果、土地は凍り付いたまま放置されてさらに値段が低迷していく。こんな様子を何度も見てきました。桜島で若手農家が耕作放棄地を借りようとしたとき、耕作放棄地(農地)の所有者の息子(東京在住)が猛反対。結局、若手農家は規模拡大ができず、農地の所有者(老夫婦)は収入が得られず、東京の息子は帰える気なし。ほんとに馬鹿馬鹿しい。とくに東京のバカ息子は自分とは利害関係がはないだけに勝手なことばかり。本当にやっかいです。

人間の土地に対するこだわりというのは経済合理性を越えています。人間の本能のようなものかもしれません。それならいっそ、それを逆手にとってみてはどうでしょうか。こういう売る気もなく、管理もしない無責任な不在地主には固定資産税を10倍にするとか。地方地自体の裁量でどこまでできるのか不明ですが、税収を増やす手段として最適ではと思います。

古電球あまた捨てきぬ裏の崖ゆきどころなき霊も来ていし(伊藤一彦)

2019年6月26日 (水)

LGBTにも法的な保護がある 戸籍上も性別変更が可能です

法律関係の仕事をしていたときに、戸籍謄本を見る機会が多々ありました。相続関係を確認するためにはどうしても戸籍を追っていく必要があります。

ある日、その中に「性別変更」との記載があることに気づきました。家庭裁判所の判決によって「長男」が「長女」に。えーーっと思わず声を上げてしまいました。

法律を詳しく調べてみると、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の第三条にある要件を満たしていれば、家庭裁判所の判決によって戸籍上も性別を変更できます。

その要件とは、1 二十歳以上であること。 2 現に婚姻をしていないこと。3 現に未成年の子がいないこと。 4 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。5 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。の5つです。

この5要件をすべて満たしていれば、戸籍上も男が女に、女が男になることができる。LGBTという言葉を耳にするようになりましたが、法律上もこのように保護されていることを初めて知りました。この法律ができたのは平成15年のこと。もう15年前の出来事です。

LGBTは私なりの簡単な理解では、Lはレズ(女性の同性愛者)、Gはゲイ(男性の同性愛者)、Bはバイセクシャル(両性愛者)、Tはトランスジェンダー(生物学上の性と心の性が一致していない) です。

ところが、ナショナルジオグラフィックの特集にあったように、LGBTにQ(クエスチョン)がつくほど性の意識は多様化しています。同誌の事例として、体は男性、心は女性、性的嗜好は女性、つまり外見上は男性が女性を好きになっているので普通は違いに気づきませんが、当人は自分を女性だと思っているからややこしくなります。自分自身の性をどう認識しているか、男性と女性のどちら(あるいは両方)を好きになるか、でいろいろなパターンがあることを同誌を読んで知り、衝撃を受けました。

一緒にこの本を読んでいた娘は、学校でLGBTのことを教わったと話していました。実社会でも8%程度はLGBTだとか。そうなると40人のクラスに2人程度はLGBTであってもおかしくありません。娘はそれをごく当然のように話をしていました。

私は海外の人と文通で交流をしていますが、数年前、台湾から届いた手紙にはLGBTに強い関心を持っているとのコメントが添えられていました。最近、台湾では同性愛者の結婚も認められるようになったとの報道に接し、アジアでも性をめぐる認識が大きく変わりつつあることを実感しました。

一方、日本では同性婚を認めない、あるいは結婚するときに夫の姓を名乗ることが一般的なことなど、日本はLGBTに対して冷たい対応ばかりだと認識していましたが、戸籍上の性別も変更できるようになっているなんて。自分が気づいていないだけで、少しずつではありますが対応してきているんですね。

ちなみに、結婚によって夫婦同姓とする戸籍制度は明治になってからの話。「日本国紀」(百田尚樹)によると、それまで日本では夫婦別姓だったと知って驚きました。同書には北条政子の事例が紹介されていました。政子は源頼朝に嫁いだわけですが、源氏の直系が途絶えた後に起きた承久の乱のときに、御家人に対して檄を飛ばしたことは有名です。彼女は「北条」政子。嫁ぐ前の姓のままですよね。そういえば日野富子も姓はそのままです。

私は体も心も男。女性が好きです。とても男性とセックスしようとは思いません。LGBTの人と理解し合えるか自信はありませんが、現実の社会ではただ気づかないだけで、普通に接しているのかもしれませんね。

さかのぼってあなたを否定するわけじゃないけど煮えすぎている白菜(俵万智)

2019年6月25日 (火)

5年前の闇営業を理由にした謹慎処分 時効は刑事裁判しかないのね 

吉本興業が「雨上がり決死隊」の宮迫博之や「ロンドンブーツ1号2号」の田村亮ら11人を当面の間、謹慎処分にすると発表したことを、今朝の朝日新聞が報じていました。

吉本興業からすれば、彼らの闇営業行為は、マネージメントをしている事務所に収入が入ってこなくなる許せない行為なので、謹慎させるのもいくらかは理解できます。しかし、5年前のことを理由にというのはちょっと違和感を覚えます。

刑事事件では「時効」があります。刑事訴訟法において、刑罰の重さに応じて時効の期間(年数)が規定されています。もっとも、殺人罪などの重大な犯罪は、現在は時効の規定がなくなりましたが。

それに比べると民事で罰する場合、例えば損害賠償請求では時効の規定があります。いわゆる消滅時効で債権(損害賠償請求権)が消滅します。しかし今回のケースは、損害賠償請求というよりも雇用契約の問題なのでしょうね。契約自由の原則が適用され、闇営業(というより反社会的集団に対して営業行為をしたこと)によって吉本興業は損害を被ったから、雇われている芸人も相応の処分をしたということなんでしょう。

私が昔、法律関係の仕事をしていたとき、時効の規定がないことでびっくりしたケースがあります。それは行政処分です。いわゆる許可取消や事業停止命令については時効がありません。産業廃棄物処理業者が数十年前に不法投棄をしていたことがばれたら、許可取消となってしまうわけです。そんなバカなと思うでしょうが、法律上は認められます。それだけ行政の権力は強いってことです。

まあ、現実問題として行政機関は警察ではありませんから捜査権はありません。そうなると遠い過去の不法行為を立証することは相当困難で、実際に行政処分を行うことはほとんどないでしょう。そう考えると、根っからの悪徳業者にとっては、行政処分に時効がないとしても痛くもかゆくもないでしょうけど。

ところで吉本興業。昔、超売れっ子だった島田紳助を芸能界から追放したぐらいですから、こういうことには非常に厳しい会社ですね。そして今回、その吉本興業に5年前の闇営業を、この時期に垂れ込んだ人がいるわけです。恐ろしい人がいるんですね。闇営業をして1週間後であれば若気の至りですんでいたことが、今売れっ子になって超有名になってから暴露して足を引っ張る。

昔は噂話でシラを切ることもできたでしょうが、スマホに写メの現代ではプライバシーも何もあったもんじゃない。これらの記録に残れば半永久的に消えることはありません。嫌な世の中になったもんです。

泣き顔を鏡に映し確かめる いつもきれいでいろと言われて (俵万智)