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2022年8月23日 (火)

「量子コンピュータの現状と将来(量子アニーリングを中心として)」を読む

西村英稔(にしむらひでとし)氏の標記論文を読みました。

論文の冒頭にある要旨には「量子コンピュータは複数の状態が同時に現れるという量子力学の現象を利用することで、解決困難だった問題を高速解決できる可能性がある。二種類ある量子コンピュータのうち、量子アニーリングはすでに販売と実証実験が始まっている。ただ大規模な実用化はかなり先になるため、通常のコンピュータと組み合わせた利用が当面の目標である。」とありますが、なにを言っているのかよくわからないので、私なりにまとめてみました。

私たちに馴染みがあるのは「スーパーコンピュータ」ですね。日本が計算速度世界一番を争っています(「二番ではだめなんですか」といわれていたこともありました)。しかし、いわゆるスパコンと量子コンピュータは原理が全く違います。

量子コンピュータはスパコンが解けない、ある種の難問を高速で解くことができる可能性があります。しかし、それ以外の分野では通常のコンピュータが早いと思われます。

スパコンの特徴は、既存技術の延長線上にありますが、改良による高速化は限界に近づいています。そして開発費と電力消費が巨大という欠点があります。たとえば日本が誇る「富岳」は開発費1300億円、電力消費は30メガワット。これは中規模の水力発電所の発電量で、家庭の消費電力に換算すると数万軒分に相当します。(余談ですが、囲碁や将棋でコンピュータがプロ棋士に勝ちましたが、そのときの電力消費量は数億円といわれています。だから今ではやってないでしょ。ある意味当然なのです)

量子コンピュータの特徴は、その目的が暗号解読(巨大な素数のかけ合わせを破ることができると数学的に証明されている)や量子シュミレーション(創薬の諸条件の組み合わせを実験せずにシュミレーションで探索できることが数学的に証明されている)、組合せ最適化問題(巡回セールスマン問題など)にあります。しかし、量子コンピュータは製造や制御が非常に難しいのです。そのため「数学的に証明されている」とあるとおり、現時点では机上の空論なのです。

量子コンピュータは2つの種類があります。1つは量子ゲート方式、もう一つは量子アニーリングです。

量子ゲート方式は、グーグルやIBMが開発していていますが、ノイズに弱く大規模化が困難です。2019年にグーグルが53量子ビットの量子コンピュータを開発し、スパコンで1万年かかる乱数の問題を200秒で解読しました。当時は大変な話題になりましたが、アメリカ軍や中国軍が望んでいる暗号解読には数百万から数千万ビットが必要とされています。現状では全然能力が足りておらず、数週間安定的に作動する技術も未確立です。

量子アニーリングは、Dウェーブシステムズ社などが開発しています。こちらはノイズに強く、システムが安定化しているので大規模化が比較的容易という強みがありますが、高速化が証明されているアルゴリズムがまだないという弱みがあります。現在のマシンでは、設置時に耐震工事を必要するなどの扱いが面倒という問題があります。チップを極低温(ほぼ絶対零度)にするのですが、その体積が親指の爪程度なので、電力が数十キロワットですむという利点があります。

ここで量子アニーリングの基本原理を紹介しましょう。量子アニーリングマシンの中の親指の爪ほどのチップの中には、およそ1マイクロメートル(1ミリの1000分の1の長さ)の微細な超電導リングが5000個詰まっています。この超伝導リングをほぼ絶対零度(10ミリケルビン)に保つと、不思議なことに電圧をかけなくても、右回りの電流と左回りの電流が同時に流れ、しかも打ち消し合いません。さらにこのリングを複数並べると、それぞれのリングに右回りと左回りの電流が同時流れます。

なぜそうなるのかは誰もわかりません。コンピュータはオン(1)とオフ(0)の2つの情報をたくさん配列していることをご存知でしたか。量子コンピュータはこのような「1と0という2つの数が同時に現れるという原理を利用しています。例えば量子ビットを2個並べると(0,0)(0,1)(1,0)(1,1)という4個の数を同時に表せます。これでビットの数を増やすとその分2乗で増えていきます。ビットが40個になると約1兆もの数を合わわせるのです。なんだかすごいですね。

しかし、さきほど例に上げたグーグル開発の量子コンピュータであっても実用性には課題山積。簡単な問題であっても正解にたどり着いたのはなんと半分程度。53量子ビットでも、通常のパソコンなら瞬時に解ける問題が解けませんでした。それだけエラーが多すぎて使い物にならないのです。

さて、どうです、なんだか理解できましたか? 結局のところ、量子コンピュータは理論的には証明されているけれども実用化はまだまだ先というところです。しかし、アメリカと中国は暗号解読による軍事上の優位を得ようと量子コンピュータの開発に血の滲むような努力を重ねています。はたして私が生きているうちに開発できるのか?

買い換えるはめになったら iPhone のとびきりいいやつを買いなさい(阿波野巧也)

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