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2021年8月11日 (水)

夏休みの帰省では絶対に宿題をやらないと決めていた高校時代

当時の鹿児島県の進学校では補習をいう悪習がありました(今もあるのかもしれませんが)。夏休みになってからも8月1日まで、そして8月21日から9月1日の始業式までは、平日は毎日補習という名の授業があるのです。

補習では、教科書ではなく補習のために別途用意した問題集を使用します。教科は英数国の3科目だけでしたが、前日に予習をして授業を受けるという繰り返し。何が夏休みなのか不思議な気分でした。

8月2日から8月20日までは補習がないため、本当の意味の夏休みになります。

この夏休みだけではなく、冬休みや春休みもあるため、通算すると年に1ヶ月程度は休みになります。

高校生でももちろん夏休みの宿題があり、学期はじめにはその課題から出題された実力テストが実施されるのですが、私は帰省中は一切勉強しない、宿題をしないと決めていました。

理系の私はもともと選択していた日本史のほかに、社会をもう1教科勉強する必要がありました。そこで高校3年生のとき、夏休みの高校の補習がある期間は、寮に帰ってからひたすら倫理・政経の参考書を読み、共通一次の過去問を解くことを繰り返していました。通算で1ヶ月程度で2年間に勉強する内容をマスターしようというのですから無茶苦茶ではありますが、それでも帰省中は決してこの勉強をしませんでした。

勉強が好きな人はいくらでも勉強ができるでしょう。倫理・政経は私の好きな分野だったので苦になりませんでした。しかし、補習の勉強は苦痛でした。「こんなことをしている暇がないんだけどな」「問題の解法がさっぱりわかんないのに学校に行くなんて退屈だ」と思いながら勉強しても身につくはずがありません。

結局、私はセンター試験(このときが第1回目でした)で倫理・政経を選択。100点満点で88点をとり、ボーダーラインを突破しました(といっても、足切りはなかったのですが)。

帰省中は勉強しなくても、現役で大学に合格できたのはなんだろうか、と振り返ると自分にあった勉強をしてきたかどうかではないか、と思うのです。先生は生徒全体をみて課題を与えるのですが、生徒一人ひとりに適したものかどうかは、やはりその生徒一人ひとりが判断していくしかないのではないでしょうか。

「先生に言われているから」「宿題をしないといけないから」と、自分の人生を親や教師などの押しつけたことで浪費しているのであれば、はやく改めたほうがいいと思いますよ。

洗い場に筆をすすぎて不規則にながれるものに心ひかれぬ(俵万智)

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