「蒋介石の密使 辻政信」を読む OH! エキセントリック
「蒋介石の密使 辻政信」(渡辺望)を読みました。
辻政信はノモンハン事件から終戦まで,日本陸軍の参謀だった人物です。ノモンハン事件,シンガポール攻略,ポートモレスビー作戦,カダルカナル作戦など,日本陸軍の主要な戦いにおいて強い影響力を発揮しました。
ノモンハン事件ではソ連軍と痛み分けとなる激戦を指揮し,太平法戦争開戦当初のマレー半島およびシンガポール攻略では,猛スピードの侵攻作戦を実施。しかし,ポートモレスビーやガダルカナルなどの補給線が届かない戦場へも無謀に出兵した結果,多くの日本軍兵士が餓死しました。
「虹色のトロツキー」(安彦良和)をはじめ,主要な小説やマンガに登場する辻参謀は,冷酷な人間と言うよりも,エキセントリックなある種の精神異常者として描かれています。
この本で紹介されている辻の残虐行為は,「ノモンハン事件捕虜への自殺強要」「シンガポール攻略後の華僑の大量虐殺」「バターン死の行進におけるアメリカ軍捕虜虐殺未遂」「ビルマ戦線におけるイギリス人捕虜の人肉試食」。すごいなあ,日本軍悪役映画に出てくるトンヤンキー(東洋鬼)そのものです。
それにしても,この本のトンデモ度もエキセントリックです。この本の最大の関心は,辻政信と蒋介石の仲です。蒋介石は国民党の総統です。日本の敗戦後,あろうことか辻は中国に逃亡し,国民党の幹部となります。
当時,中国では共産党と国民党が対立。共産党が毛沢東,国民党が蒋介石がリーダーです。日本軍が主に戦った相手は国民党でした。共産党はいくつかの会戦を除けばゲリラ戦に徹しており,国共が共同して日本軍と戦ったという事実は見当たりません。日本軍とはともに戦ったというよりも,その間は国民党と共産党との間に休戦が成立していたと考えるのが自然です。
それはともかく,著者の渡辺が主張するのが,辻の残虐行為は,蒋介石の思想宣伝「日本はジェノサイド国家」というレッテルを貼るのに最も適していること。辻はこれを手土産にして蒋介石と手を組んだというものです。
しかも驚くべきことに,本の中にはその証拠はまったくありません。完全に著者の推測です。そして「辻と蒋介石は,終戦以前から通じ合っていたのではないかとの疑念を感じさせる事実がたくさんある」と断言しながら,その「たくさんある事実」はひとつも示されず,逆に「このこと(辻と蒋介石の仲)はCIA文書にも書かれていない」と自らの推測を否定することを堂々と書いています。
久しぶりにとんでもない本を読んでしまいました。ちなみにこの著者は西尾幹二の弟子です。さもありなん,というべきか。数ある中国による日本洗脳(思想戦)説の中でも,辻参謀まで巻き込む説があるとは驚きでした。日本のナショナリズムの高揚に便乗したのかも知れませんが,ちょっとついていけません。
最後に。私は辻政信が嫌いです。なんだか,連合赤軍の永田洋子と重なります。
暴王ネロ柘榴(ざくろ)を食ひて死にたりと異説のあらば美しきかな(葛原妙子)
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