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2018年10月16日 (火)

C.イーストウッドの意外な(あるいはもっともな)一面

一時期、毎週のようにBSでダーティーハリーシリーズが放映されていました。

私はクリント・イーストウッドが大好きで,彼が出演・監督する映画は録画をして週末に見ています。かつて山田康雄(ルパン三世の声)がハリーの声を吹き替えていましたが、あれは最高でしたね。

最近読んだウォルター・ブロック(橘玲訳)の「不道徳な経済学」では,解説者の橘玲が、アメリカのリバタリアンのなかではC・イーストウッド監督の「許されざる者」がリバタリアン映画の最高傑作と評されていることを紹介していました。

リバタリアンとは簡単にいえば「自由が最高」という考え方です。
 しかし,リバタリアンのいう自由は西部劇の世界。すなわち,自由には責任がともなう。自分の身体・財産は自分で守る。やられたらやりかえす。正当防衛どころか復讐まで認めています。

確かにハリーは復讐目的の殺人犯を見逃すなど,この思想が垣間見えます。「相棒」の杉下右京であればそんなことは決してしないでしょう。何しろ動機がどうであれ、法を犯した者に対して彼は冷酷に逮捕しますからね。人気がある日本的な刑事像と,アメリカの刑事像ではずいぶん違います。

ところでちょうどこのころ、生長した庭の木々がBSアンテナを覆い,電波を受信できなかったようでシリーズ3作目と4作目は録画失敗。
 「Swell」(山田康雄だと「泣けるぜ・・」)(ダーティーハリーの口癖)

  旅立ってゆくのはいつも男にてカッコよすぎる背中見ている (俵万智)

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