教科書どおりにやることの難しさ 星野佳路氏の公演記録から
数年前のこと。日本棋院の碁会所が鹿児島市市内にあることを知り、顔を出したことがあります。
その碁会所では指導者と思(おぼ)しき若者に一局指導をつけてもらった後、手持ち無沙汰なお年寄りと打ちました。
私は三連星で模様を広げると、そのお年寄りが模様の中に打ち込んできたので、ツケて相手の石を重くし、地を確保しながら相手を攻める手を打ちました。するとこのお年寄りは「教科書どおりやな」とつまらなそうに吐き捨てると淡々と打ち、数手進んだところであっけなく投了。そのまま席を立っていきました。
「教科書どおり」というのはワンパターンでつまらない、という意味と同等で使われるようです。このお年寄りの言葉には「そんな手はみんな知っているぜ。工夫しろよ、バカ」と軽蔑の思いがこもっていました。
しかし、この「教科書どおり」を完全に実践している人がどれだけいるでしょうか。ほとんどの人はこのお年寄りのように、教科書を馬鹿にして我流にこだわり、成長しないことがほとんどではないでしょうか。
私は10年以上昔、不動産会社に務めていて土地の売買をやっていました。簡単にいうと不動産ブローカーです。営業の初心者だった私は凡事徹底、営業の基本を学び、面倒でもそれを忠実に実行しました。するとこの1年で、私は他の先輩職員の実績を越えたのです。
先輩たちは基本に忠実な私を見て「もっと効率よくやれよ」「とにかく現場に行けよ」「そんなことやる必要ないだろう」と馬鹿にしたり非難していましたが、営業結果が明らかになると何も言わなくなりました。
先輩たちは私よりも経験豊富だったのですが、それにかまけて教科書どおりやることが面倒になり、手を抜き始めたのです。その結果、初心者の私に追い抜かれたのです。
星野リゾートで企業を再生してきた星野佳路(ほしのよしはる)氏の公演記録を読むと、「教科書どおりにすることの大切さ」をこれでもかと徹底して説明しています。「教科書のいいとこどりではダメ。1から10まで教科書どおりにすること」を何度も繰り返しています。
教科書は誰だって読んで内容を知っています。でも、それを完全に実践している人がいかに少ないことか。成功の道は特別な場所に隠されているのではなく、誰もが知りうるところにあるのです。開かれている道に進めばいいのに、多くの人はその道を歩もうとしていない。成功の難しさはきっとそこにあるのですね。
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