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2021年1月 2日 (土)

「村上春樹の世界」を読む

年末から本日にかけて,「村上春樹の世界」(加藤典洋)を読みました。

これは村上春樹の批評をコンパクトにまとめた文庫本です。表題作から始まって,「自閉と鎖国」(「羊をめぐる冒険」の批評。以下同じ),『「世界の終わり」にて』(「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」),「不思議な,森を過ぎる」(「ノルウェイの森」),「夏の十九日間」(「風の歌を聴け」,「行く者と行かれる者の連帯」(「スプートニクの恋人」),「村上春樹の短編から何が見えるか」(初期短編ほか),「小説が時代に追い抜かれるとき」(「色彩を持たない多崎つくると,彼の巡礼の歳」),「心を震えさせる何かの喪失」(「国境の南,太陽の西」),消滅した異界の感覚(「ねじまき鳥クロニクル」),縦の力の更新(「ねじまき鳥クロニクル第三部」),囲碁濃いのよい場所からの放逐(「女のいない男たち」),再生へ破綻と展開の予兆(「騎士団長殺し」),そして,遺稿となった「第二部の深淵,村上春樹における『建て増し』の問題」が結びとなります。

私は以前,この著者の「村上春樹はむずかしい」という批評を読んで感服したことがあります。特に彼の初期の作品が,学生運動という悲劇(内ゲバ殺人,連合赤軍事件)などをテーマにしていたという視点での批評に少なからぬショックを受けました。

村上春樹といえば,あのバブリーな時代,ポップで軽薄,というのがイメージでしたからね。

今回の著書を読んで大いに驚いたのが,「風の歌を聴け」という作品の批評です。夏の19日間を描いた作品となっているのですが,丁寧に読んでいくと,19日間では収まらない出来事が描かれています。著者は「ここにこの作品を読み解く鍵がある」として分析していきます。

村上春樹と言えば,2つの世界を同時に,交互に進行させていく作風で知られています。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」しかり,「1Q89」しかり。村上春樹のデビュー作である「風の歌を聴け」も,実は,2つの世界を描いているというのです。

主要な登場人物である「鼠」。著者は「鼠」は死んだ人物,すなわち「あの世」の存在だと仮定して,この作品を読み解いていくのです。そうすれば,「19日間」で物語が収まると。

私は「風の歌を聴け」を読んだとき,この批評にあるような「あの世」と「この世」を行き来しているなんて感覚は一切ありませんでしたが,違和感はとても残りました。なんだかよくわからないけど腑に落ちない。ストーリーが断続的というか,あちこちが抜け落ちている,そういう感覚なのです。

その謎ともいうべき違和感の正体に初めて気づいたのです。もちろん著者の批評が正解かどうかはわかりません。それでもこの著者の視点は,私に新たな感動を与えてくれました。批評でそんな感覚をもつなんて希有(けう)なことです。

ところでこの文庫本。値段がなんと2000円です。こちらも驚きました。

世界よりいつも遅れてあるわれを死は花束を抱えて待てり(西田政史)

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