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2020年1月

2020年1月28日 (火)

「人類の未来」(ノーム・チョムスキーのインタビュー)を読む

「人類の未来」,ノーム・チョムスキーのインタビューを読みました。

この本は,現代の知の巨人たちへのインタビューをまとめています。最初はノーム・チョムスキー。彼はもともとは数学者ですが,言語学者でもあり,政治学者でもあります。現在はマサチューセッツ工科大学を代表する名誉教授です。

前半は国際政治。特にアメリカ大統領となったトランプの話が中心ですが,最後にシンギュラリティについてインタビューが興味深い。

巷間(こうかん)に言われているシンギュラリティとは,テクノロジーの進化が人間の理解を超え,機械(AIなど)が人間を凌駕する境界を意味します。発明家であり未来学者でもあるレイ・カーツワイルが提唱しています。

これに対してチョムスキー氏は真っ向から反論します。「彼らが素敵なレストランでコーヒーを飲みながら会話として楽しむにはいいでしょう。しかし,その主張には何の証拠もないですね」

「人間のこととなると,なぜか人々は惑わされてしまう。昆虫について話をする場合はそうじゃないですね。ハチやアリといった昆虫は,大変優れた飛行ないし運行能力と,ミツバチのダンスにみられるようなコミュニケーション能力をもっています。この実験はあまりに馬鹿げているので誰もまだやったことはありませんが,何百万という数のハチやアリの行動をビデオに撮って学習すれば,あるハチが巣を出た後,次にどのような行動を取るのか,かなり高い確率で予測ができるようになるでしょう」

「しかし,なぜこういった行動が起こるのかが科学の大きなテーマですが,単にハチの行動をまねすることにはまったく意味がない。もし,このような,ハチの飛行をただ真似るためだけの研究費を申請したら,グーグルはお金を出すかも知れないけれど,科学機関では相手にされないでしょう」

すなわち,「(情報処理の)量的拡大が,知能や創造性の本質についての洞察をもたらすという徴候もありません。ずっとシンプルなハチの飛行の本質についてさえわからないでしょう」

なるほど。AIは大量のデータを蓄積することでまねはできるかもしれないけど,なぜそうなるのかを知ることはできないってことですね。確かにディープラーニングで一斉を風靡したアルファ碁も,なぜアルファ碁がその手を打つのかをプロキシが解説することは不可能。そしてアルファ碁自体もなぜその選択をしたのかを教えてくれません。チョムスキーがいうように,AIが碁の本質を解明したとは言えません。

でも待てよ。人間がなぜはっきりと意識しないのに呼吸をしているのか。危ない!とおもったらどうしてとっさによけようとするのか。そういう基本的なことを私たちは理論的に説明することはできるんでしょうか。私たちはそのメカニズムを知らなくても,呼吸し,危険を回避する行動をとることができますよね。睡眠や性交もそう。誰かが教えるまでもなく,理由も知らず,本能的に行動するでしょう。

チョムスキー氏にとっては科学の発展とは本質の究明なのかもしれません。しかし,現実世界での科学の発展とは,科学技術がより人間らしくなる(自身の本質はわからなくても生存する)ことで人間を超越することをいうならば,シンギュラリティとは本質の究明から逆方向に発展するというコペルニクス的転回を意味するのかもしれません。

「牛スジが安かったから」新聞を読まない君の煮込みはうまし(俵万智)