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2019年12月

2019年12月29日 (日)

タスマニア人絶滅の物語 潔癖な社会ほど安心・安全から遠ざかる

高坂全集の第5巻「文明が衰亡するとき」(高坂正堯)を読みました。

私は国際政治学者である高坂先生の著作が大好きで,もう20年前に出版された「高坂正堯著作集(全8巻)」が私の本棚に鎮座しています。10年以上本を開くことがなかったのですが,この週末,読みたくなりました。

今日は第1章の「タスマニア人の絶滅」です。タスマニアとはオーストラリア大陸の南東に位置する北海道ぐらいの面積の島。18世紀,ここには数万人のタスマニア人が暮らしていました。そこへイギリスから移民がやってきます。最果ての地で利用価値のない島だったにもかかわらず,フランスの領土にされたくないというメンツ丸出しの理由からイギリスが占領します。

原始人であったタスマニア人はイギリス人との闘争に敗れ,保護地区に移されたものの人口は激減。19世紀には最後のタスマニア人が死亡します。このことを高坂先生は小学生のときに授業で教わったそうです。ちょうど太平洋戦争の頃。鬼畜米英の非道の象徴としてこのエピソードが紹介されたそうですが,小学生だった高坂先生は「人種絶滅」に強い衝撃を受けたそうです。

武装したイギリス人と木の槍しかないタスマニア人では勝負にならないのは目に見えていますが,急速に人口が減少したのは他に理由があるからではないか,というのが先生の見立てでした。特に強調していたのが結核菌です。イギリス人が保有していた病原菌がタスマニア人に感染し,免疫をもたないタスマニア人はバタバタと死んでいったというのです。

これはコルホスのアステカ帝国侵攻とも似ています。スペイン軍が攻め込むと同時に現在のメキシコでは天然痘が大流行し,現地住民は次々と死んでいく。

ここから高坂先生の「疫病を抱えている文明人」と「最果ての地に住むがゆえに無菌状態だった野蛮人」を対比してします。タスマニア人は生存競争に敗れたために最果ての地へ移住し,そして世界から隔離されていただけに疫病の抗体がなかった。

この章では,疫病とならんで「悪」の存在を記しているところが興味深いところです。タスマニア人が「悪」の力で滅びたとは書いていません。しかし,文明国では飲酒や覚醒剤などの不健康な習慣があり,詐欺など悪知恵が長(た)けています。このような不健康や悪に対しても免疫を有していることが大事だと評価しているのです。

昔の西部劇ではインディアンが白人に土地を奪われるというシーンがよく出てきます。純朴なインディアン(ネイティブアメリカン)は純朴すぎて,白人(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)に騙されてしまうのです。これも似たようなものでしょう。

国が外国との接触を禁じることで,外国からの病原菌や悪習から国民を守ることができます。しかし,完全にシャットアウトした国(社会)は免疫がないだけに,いかにもろいかを文化大革命の中国などを例にとりながら論証を重ねていきます。

感染症が発生すればワクチン接種,家畜は皆殺しにして消毒作業,なにかにつけて安心・安全を声高に主張する政治家や有識者。この章はそんな現代の日本社会への痛切な皮肉に思えてきます。

ところで,この本の文章は標準語なのに,いつの間にか先生の関西弁のイントネーションになぞらえて読んでいる自分に気付きました。先生の言葉はやわらかいけど,文字にするとけっこうどぎつい。今もそのスタイルは色あせることはありませんね。

グルカ兵我よりも丈高からずすれ違い行く我は襟立てて(近藤芳美)