甚平をもらってうれしいけれど・・・ なぜおばちゃんが持ってるの?
仕事帰り、久しぶりになじみの小料理屋に顔を出しました。
おばちゃんはもう70歳を過ぎているのに腕を露わにしてすずしそうにしています。あらかじめクーラーをつけていたので店内は随分涼しく快適でした。
お通しは、ニガウリと豚肉の炒め物、らっきょうの醤油漬け、鰯の干物、アボカドと奈良漬けのスライス、ツナポテ、スライスした冬瓜の和え物。ビール(熟選)の中瓶を1本お願いして、すぐにほろ酔いになりました。
おばちゃんも機嫌がよかったのか「あんた、甚平をもっていかんね?」と提案してきました。まだ誰も着ていない新品で、今日はそのまま日に干していたそうです。スーツの上に試着すると私の体型にぴったり。ありがたく頂戴しました。
でもおばちゃんは一人暮らし。なぜ新品の甚平を持っているのか訊ねてみました。「そりゃあ、もらいものだから・・・」と口を濁して「札もついてて新品でしょう」と話を変えてきました。
よくよく考えるとおばちゃんが世話をしていた親族の男性が最近亡くなり、その後始末に追われています。おそらくこの甚平は、その亡くなった方のタンスの肥やしになっていたものなんでしょう。今日はその片付けで忙しかったとぼやいていました。うすうすそう感じたものの、それは口にせずに丁寧にお礼を言いました。
日本人は物に魂が宿るという独特の信仰があります。だから新築の家を好むし、前の持ち主が不幸だったらそれを身につけるのを嫌がります。どうしても使うときはお祓いをしますよね。これがいわゆる「穢(けが)れ」と「禊(みそ)ぎ」です。
考えてみると私も遺品をいくつかもっています。一つは宝石箱。数年前に百歳で亡くなった大叔母からもらったものです。大きさは10センチ四方、外側をすき透った石で飾られています。もちろん私は使いませんがいまでも我が家の棚の引き出しに入っています。そしてもう一つが碁石と碁盤。これは祖父のものです。石は厚みがあって、そこらのプラスチック製品とは比べものにならないくらいの高級品です。邪魔になるので3階になおしてありますが、子ども達がみんな家を出て行ったら、棋譜を見ながら碁石を並べたいと考えています。
そして今日の甚平。いわれを考えると邪念が生まれますが、そんなことは気にせずに素直に着心地を楽しみたいと思います。
お通しのあとは鰹のタタキ、そして薄切り牛肉の焼き肉がでてきました。牛肉はグラム2000円!とか。値段どおりのおいしさでした。たまにはこういうお肉を食べても罰はあたらないでしょう。最後は口直しに桃。全部でしめて3000円でした。これで店は大丈夫なんでしょうか?
しづかなるみのりとなりし早稲(わせ)ありて水路の水の光る夕暮(板宮清治)
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