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2019年5月

2019年5月28日 (火)

子どもが死ぬのは痛ましい 大量殺人の動機を解明する意味

神奈川県川崎市でスクールバスを待つ子ども達や大人が殺される事件が起こりました。

今回の殺人事件では犯人は死亡しています。理由のよくわからない事件が起きると、決まって「動機の解明が待たれる」とのコメントがあり、裁判が終わると「解明は不十分」で、最後は「心の闇」で締めくくるパターンが定着しています。

私が30歳ぐらいのとき、大阪の小学校に侵入した男性が1,2年生を10人ぐらい刺し殺す事件がありました。「安全であるべき学校がなぜ防げなかったのか」との批判など、テレビで騒いでいた事件でした。この事件の犯人は死刑判決を受け、控訴せずそのまま執行されています。しかし、その動機を私は知りません。報道があったのかもしれませんが、そのときにはもう私の関心は薄れていたのかもしれません。いや、おそらく知ったとしてもどうでもよかったのかも知れません。

衝撃的な事件が起きる度に同じようなことが繰り返されます。あんなに大騒ぎしていたのに、おわってみたら風化していく。

今回の事件のニュースでは、「動機(心の闇)の解明」とか、「子どもの安全対策は十分だったか」などのワンパターンなコメントはありませんでした。そんなフレーズには意味がないとわかってきのかな。

昭和13年の殺人事件、「津山三十人殺し」を昔、文庫本で読みました。自宅で寝ている祖母の首を鉈(なた)で切断したのを皮切りに、懐中電灯2本を鬼の角のように頭に巻き付け、夜中に猟銃や刀を手に集落の住宅を次々に襲い、全部で30人殺害した事件です。「八つ墓村」(横溝正史)のモデルと言えばわかる人もいるでしょう。

恐ろしい事件ですよね。私はこういうこわい話は苦手なんですが、どういうわけか数年周期でそんな本を手にしてしまいます。昔の月刊「新潮45+」の事件シリーズ、連合赤軍事件のルポタージュ「赤い雪」などは読んでいると怖くておしっこが近くなるので何度もトイレに行き、それでも次の展開が気になって結局徹夜して読みました。

私の心すら私自身よくわからないのに、他人の気持ち、異常な行動をとった人の心なんてわかるんでしょうか? こういう事件が起きる度にそう思います。

誰か一人 殺してみたいと思うとき 君一人かい・・・ と友達が来る(石川啄木)