不動産ブローカー時代の不思議な契約交渉の思い出
昔不動産ブローカーの仕事をしていたときのこと。とある建築物の建設予定地を買収する話があり,私もその土地所有者から買い上げる交渉を任せられました。
土地は鹿児島ですが,所有者の住所は東京。電話番号は不明。そこで最初は手紙を書いて土地売却のお願いをしていましたが,まったく返事がないので本人の意思を確かめることもできません。それではと,同僚と2人で東京に行き,直接交渉することになりました。
住所をたどっていった先にあったのは,古い鉄筋コンクリート造の公営住宅でした。玄関の呼び鈴を鳴らしても応答なし。帰宅を待ち続けましたが夜になっても部屋の明かりはつかないまま。夜8時頃にはあきらめて近くのホテルに泊まりました。
翌日も昼過ぎから所有者の帰宅を待ち続けましたがやはり帰ってこない。ずっと待ち続ける私たちに,住宅の居住者たちが冷たい視線をなげかけていきます。
待ち続けてもらちがあかないので,ここの町内会長を訪ねてみました。会長の話では,所有者がここに住んでいるのは間違いないようでしたが,どこに出かけているのかまではわからないとのこと。
その翌日も訪問しましたがやはり不在。この日の飛行機で帰らなければならない私は,土地売却依頼の趣旨説明書や土地売買契約書等の土地譲渡に必要な書類一式を封筒に入れて郵便受けに投函し,前日世話になった町内会長には近くで買ったおまんじゅうをてみやげに渡してから鹿児島に戻りました。
それから数週間後,この土地所有者から封書が届きました。なかには契約関係書類が入っていて,すべて押印されていました。うれしくてお礼の手紙を書きましたが,やはり返事なし。そしてこの人、土地代の支払いの請求もなし。
世の中には不思議な人がいるものです。
菜の花のひとりひとりが手を振れりふたたび会えぬ四月 そのほか (駒田晶子)