もしも,手癖の悪い従業員がいたら
先日,なじみの小料理屋に行きました。
店内はテレビがついていて刑事ドラマをやっていました。夏を思わせるような暑い夜だったこともあって瓶ビールを一本注文。用意されていたお通しをつまみながら喉を潤します。
私のほかにお客はいないことが多いのですが,今日もまた私1人。ニュースではGotoトラベルやGotoイートで感染が広がっていると言いますが,この店は無縁のようです。そんなことをおばちゃんに話すと「そうでもないわよ」と珍しく反論してきました。
「今週の月曜日に神奈川からのお客さんが来てね。近くのホテルに泊まっていてこの店に来てくれたんだけど,そのお客さんはGotoで鹿児島に来てたのよ。なんでも3泊4日だって。もう60歳は過ぎているけど会社を経営していてお金と時間はあるということだったんだけどね。『旅行代はいくらだったと思うね』と聞かれたのよ。なんと飛行機代とホテル代で2万円だって。『こんな安くで旅行できるのに見過ごすなんてバカだ』といって,毎週のようにGotoで旅行しているんだって」
「そりゃあすごいですね。確かにお得かもしれないけれど,なんか変な人ですね」
「そうよね。しかも話が下ネタばっかり。私は下ネタは嫌いでしょ。ちょっと笑わせるぐらいだったらいいけどね。2時間ずっと下ネタを聞かされるんだから返事に困ってね。参ったわ」
「そういう困ったお客さんていますよね」
「そう。昔はお客さんが多かったでしょ。そういうときに『焼酎だけでよかで,入れてくいやん」と言ってお店に来る人がいたのよ。混雑しているから料理を出すのが遅くなるでしょ。そういう人に限って『料理はまだや』と催促してくるのよ。『まだや』の声を聞くと心臓に悪くてね。今でも嫌な思いがしてくるわ」
「確かにそうですね。人を雇わなかったんですか」
「板前をお願いしようとしたことがあるのよ。1人は40代の男性だったんだけど,条件が月40万円の給料。一度料理をこしらえてもらったんだけど,私の料理と変わり映えしないのよ。これじゃあとてもお客が増えるとは思えないからお断りしたの」
「次に来たのが若い男でね。来て2日目に『仕入れを任せてくれ』って言い出したのよ。仕入れをするということは,ピンハネが目的なの。それを聞いてクビにしたわ」
「人を使うって大変ですね」
「それからすると,料理の経験が若い女の子の方がよっぽどよかった。素直だし,変な癖がないからね。でも,とても仕事のできる人がいたの。18歳だったんだけど手際もいいし包丁も研ぐ。家が貧しく,幼い兄弟の面倒をずっと見てたということだったのよ」
「でもね。手癖が悪かったの。釣り銭がなくなったり,お買い物をお願いしたらおつりを自分の懐にいれたりでね。そういう人がお客さんのお金に手を出したら大変でしょ。でも直接そういうことは言わないでおいたのよ。その人は着物を欲しがっていてね。半分は私が,半分は給料から天引きで着物を買ってあげたのよ」
そこまで話すと別の話題になりました。昔話があれこれ続き,私も酔いがまわったのか瞼(まぶた)が重くなってきました。どうやら今夜はこのへんでおしまいのようです。
金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして銀杏(いちょう)ちるなり夕日の岡に(与謝野晶子)
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