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2020年10月15日 (木)

祝 アクセス10000回越え 2年で達成は遅すぎる!?

先週,このコラムのアクセスが1万回を越えました。1日平均13~14回のアクセスがあったことになります。どういう読者がいるのか知るよしもありませんが,ありがたいことです。

ここまで2年かかりました。最初は1日1回のコラムをアップすることを目標にしていましたが,この半年はコロナウイルス対策で超多忙。そのため週に1~2回しかアップできない状態でした。特にPRをするわけでもなく,他のブログのように学校関係者や保護者がいるわけでもない私にとって,これだけ多くの人が私のサイトをのぞいてくれたことは感謝の一言です。

昨日のニュースで,林真理子のエッセイ連載が世界最長としてギネスに認定されたことが報じられていました。週刊文春に37年も連載が続くなんて,超人的ですね。

私は林真理子の作品を一度も読んだことがないので,彼女の作品を評価する資格はないのですが,この「37年連載継続」だけは敬服します。

NHKの「チコちゃんに叱られる」で,どうして子どもの1年は長いのに,大人の1年は早く過ぎ去るのかを問題にしていたことがありました。その答えはというと,子どもの時は毎日新鮮な驚きがあります,ところが大人になるとその感動が徐々に失われていくために,感情の起伏が小さいと時間の過ぎる感覚が早くなっていくということでした。

毎日同じ仕事を一日千秋のごとく続けるというのは,確かに感動が薄れているでしょう。しかし,情報化社会の今,こういうことが当てはまるかは疑問です。

これだけ多くの情報や人に接する現代社会では,感動するかどうかはともかく,刺激的(ストレスフル)な毎日を過ごしていることは間違いありません。そう思えば,昔の大人は老(ふ)けていたのに,現代の大人は若々しいというのも頷(うなず)けます。

だからといって,エッセイとなると毎日の感動とは別でしょう。何しろ人が読んでおもしろいと思うような出来が必要。週刊文春の連載ですからね。

それに比べると私のコラムなんてはるかに気楽です。誰も読まなくても連載できる。ネタを考え,文章にまとめるのは苦労しますが,この苦労を2年間続けてきたのかと思うと,自分で自分をほめたいですね。

でも,残念なことがあります。それはアクセス対象のコラムが限られていること。特に,私が読んだ本の読書感想的なコラムはアクセスがほとんどありません。私の読む本って本当に世間の関心が薄いんだと残念な気持ちになります。インターネットだからごく少数でもアクセスがあるのではと期待しているのに,1回もアクセスがないなんて・・・と思うこともしばしば。ま,これが人生かな。

君の香の残るジャケットそっと着てジェームス・ディーンのポーズしてみる(俵万智)

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