「二畳で豊かに住む」なんてありえない なぜこのタイトルなのか?
「二畳で豊かに住む」(西和夫)を読みました。「方丈記」(鴨長明)にあるように,日本人は簡素な住まい,清貧の暮らしを好みます。私も狭小住宅で楽しく暮らす,田舎の小さな家で静かに暮らすことに憧れます。
最初に取り上げていたのが随筆家の内田百閒(うちだひゃっけん)。東京に家があったのですが,アメリカ軍の空襲に遭って焼け出され,近所の小屋で暮らし始めます。広さは3畳。写真では足下に本などが積まれていて足の踏み場もないほど。便所は小屋の隣の土をほってバケツを置いただけ。雨がふったら大変だったようです。内田流の諧謔(かいぎゃく)に満ちた文章で楽しそうに暮らしているように表現していますが,どう考えてもやせ我慢。2年後には新居に引っ越しますが,もうこんな暮らしはごめんだと思ったことでしょう。
次は詩人の高村光太郎。彼は岩手県の山中に山小屋を建てて暮らし始めます。こちらは6畳ほどの部屋と土間があったので,内田ほどの苦労はなかったと思われますが,「自然の厳しさに耐えられなかった」高村は7年でこの家を出て行きます。その後は保存するためにこの家を木造の家で覆い,現在はさらにコンクリートで覆っているそうですが,そこまでする価値があるんでしょうか? 防護しようとすればするほど,この家に「豊かに住」んでいたように思えません。
次が夏目漱石。予備校に通う彼は友人と二畳敷きの部屋を間借りしていたようです。すごいですね。夏目漱石はそこで勉強に励んでいたようですが,「豊かに住」んでいた様子はさらさら感じられません。この章では「二畳」と「三畳」のどちらが正しいのか,とか,夏目漱石が相撲が好きだったとか,豊かな住まいとは関係のない話が延々と続きます。きっと夏目漱石が「豊かに住」んでいた記録がなかったんでしょうね。
そのあともお遍路用の接待小屋や渡し船の番小屋が紹介されていますが,あくまでも仮屋。住まいではありません。もちろん「豊か」に住んでいる人なんていません。
最後に日本の建築史として,狭小住宅の間取りの変遷が紹介されています。ところがこの間取りが小さくて詳細な説明が読めない。渡辺謙がこの本を放り投げて「小さすぎて読めない!」叫び出しそうです。
結局,この本のどこを読んでも,二畳の家に豊かに暮らしていた人は出てきません。あえて言えば長崎市の永井博士や正岡子規でしょうか。でも彼らの家はもっと大きくて6畳以上あります。では,なぜこんなタイトルにしたんでしょうか? 羊頭狗肉(ようとうくにく)もいいところ。図書館で借りたからよかったものの,買っていたら損失感で自己嫌悪に陥りそうです。「豊かに住む」どころではありません。
灯(ひ)を消せば涼しき星や窓に入る(夏目漱石)
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