李斯列伝 人を納得させる技術と悲劇的結末 人生の岐路
私は中国の古典が好きでよく読んでいます。私の本棚には岩波書店のワイド版「史記列伝(全五巻)」があり、いつも夜に布団に入ると数分間読んでいます。読んでいるうちに寝てしまうので、なかなか読み進みません。もっとも、過去に読み通しているのですが、何度読んでも新たな気づきがあり、面白さが発見できます。
最近読んだのは李斯の列伝。李斯は秦の始皇帝に仕え、天下統一に大きく貢献しました。
李斯はもともとは楚の人。秦の人ではありません。秦の家臣として頭角を現していた李斯は、他の家臣から嫉妬されます。そしてある他国からきた家臣が反乱を起こしたとき、李斯も他国の出身者だからという理由で追放されそうになります。このときの李斯の反論がほれぼれするほど理路整然としています。
まず、過去四代の王が、他国の有能な人材を取り立てて国を強大にしてきた事実を丹念に述べていきます。そして今や秦王が、他国の宝物、名馬、特産物を手に入れていることを一つ一つ指摘します。これらの宝物は他国の物であっても手元に置くのに、なぜ人材は有能であっても他国出身だからと言う理由で追放するのかと。
そして最後に、「他国の人間を追放して敵国を助け、民を減らして仇(あだ)をふやし、内はみずから力を弱め、外は諸侯に恨みの種をまき(恨みを持った者を他国へ追いやり)それで自分の国に危難なかれと望んでも、それははたしてできることだろうか」と結びます。
秦の王は李斯の意見をもっともだとして追放令を撤回します。その後、李斯は出世して最高位である丞相まで登りつめます。
ところが、秦の始皇帝が崩御した際、趙高に説得されて陰謀に加担し、胡亥(こがい)を二代皇帝に担(かつ)いだときから怪しくなります。それまで実力主義で公正だった秦の官僚組織が、趙高によって私物化され、民は重税と重罰に苦しみ、各地で反乱が発生します。
李斯は二代皇帝に趙高を取り除かせようとしますが、皇帝の寵愛を受けている趙高の策略にはまり、逆に犯罪者として処刑されます。罠に落ちて処刑されるまでの展開は、あわれとしかいいようがありません。
列伝では毎回最後に、著者である司馬遷の感想がついています。司馬遷は「政治を正しくして主君の過ちを補うという責務に努めず、禄位の高さにとらわれ、主君におもねり迎合し、権力を強くして刑罰をむごくし、趙高の邪説に加担して、嫡子を廃し庶子(胡亥)を王にした。各地で反乱が起きてからやっと諫言しようとしたが本末を誤っている」とむごい最後を迎えて当然だとばかりに非難します。
司馬遷の考え方にはついていけないこともありますが、私はこのようなドラマチックな人間ドラマがとても好きです。史記列伝で描かれる人物は個性的かつ悲劇的です。だからこそ、何度読んでも飽きないのかも知れません。
よぢれつつのぼる心とかたちかと見るまに消えし一羽の雲雀(ひばり) (藤井常世)
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