「混乱なし」がニュースになる「表現の不自由展」の不思議
今朝(7月17日)の朝日新聞の社会面に「大阪の不自由展初日は混乱なし」の見出しで、大阪市内で始まった企画展についての記事が掲載されていました。
記事をそのまま引用すると
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」で一時中止となった企画展「表現の不自由展・その後」の出品作品を集めた展覧会が(中略)始まった。(中略)展覧会には2019年の不自由展で講義が殺到した慰安婦を表現した少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などが出品された。(以下略)
「あいちトリエンナーレ」で物議を醸(かも)した企画展をまだやってるんですね。そして朝日新聞は今回も「混乱がない」ことをニュースにして新聞に掲載するところに、この問題のバカバカしさを感じます。
私はこの企画展を見ていませんが、慰安婦の少女像は韓国の日本大使館前から移設されたことや、海外でも各地に設置されていることは報道で知っていました。日本と韓国の関係悪化に一役買っているわけです。
しかし、一体のこの像の何が不自由なんでしょうか? 韓国人たちは海外に日本に虐げられたことの象徴として、この像の設置に精力的に活動しています。すべて撤去されて設置したくてもできないというならこの企画展のタイトルと一致するでしょうけど。
もうひとつ昭和天皇の方は見たことがないので不明です。そこに芸術的な価値があるのか、展示ができない状態なのをこの企画展で特別に鑑賞できるようになったのか、まあ、それはこの企画展を見て判断してくださいということなのかもしれませんが。
それにしても表現の不自由とは何でしょう?
テレビでは、めくら、ちんば、びっこ、などの差別用語は禁じられていてます。しかも自主規制です。いわゆる放送禁止用語です。これは表現の不自由ではないんでしょうか?
美輪明宏の「ヨイトマケの唄」という名曲があります。10年前の紅白歌合戦で絶賛されました。しかしこの歌は放送禁止されてきた過去があります。放送局の自主規制によってです。
私が大学生のとき(30年ぐらい前)には、手塚治虫の作品が出版禁止となる事態が発生しました。とある団体が「手塚作品は黒人差別だ」と訴えたからです。このころはカルピスのデザインが変更になったり、童話「ちびくろサンボ」が出版禁止となるなど、私にとっては驚くような展開となりました。
そういえば「ハレンチ学園」(永井豪)というエッチな漫画は「良識のある」PTAらによって連載打ち切りになりました。この仕打ちに激怒した作者は、このマンガの中で徹底的な反抗姿勢を表現し、「ハレンチ学園」は前半のエッチなコメディから、終盤は凄惨でグロテスクな殺戮(さつりく)シーンの連続になってエンディングとなっています。まだ幼かった私は大変な衝撃を受けました。
芸術として素晴らしい歌や文学が、差別用語を用いているからといって良識のある、社会的な責任のある人たちによって人権の名のもとに次々に禁止されていった時代を知る私には、今回の『不自由展」の目的が右翼を刺激するための企画としか思えません。右翼が嫌いな朝日新聞も、そういう理由で積極的に記事にしているのでしょう。
性差別、職業差別、人種差別はあってはならない。私はそのことに何ら異議を挟むものではありません。しかし、「ヨイトマケの唄」、「手塚治虫の漫画」、「ちびくろサンボ」が差別を助長しているのでしょうか。実際、今ではこれらは放送、出版されてきており(ただ私は書店で「ちびくろサンボ」を見たことがないので全てとは言えませんが)、表現に対して寛容になってきたことは確かです。
「不自由展」が国家や政治思想の対立を煽り、世間を騒がせてきたことと対照的ですね。
まだ何もしていないのに時代という牙が優しくわれ噛み殺す(萩原裕之)
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