責任という哲学 飛行機が墜落する理由は誰にでも分かることです
中島義道の本に「哲学の教科書」があります。偏屈な親父が書いたような暴論があちこちに出ていますが,なかなか面白い本です。この本を読んだのはもう15年ぐらい昔のことですが,今でも印象に残っているのが「責任論」です。
航空機が墜落したとき,パイロットの判断や操縦は問題がなかったのか,機体の製造では問題がなかったのか,日頃の整備では問題がなかったのか,などなどを調査し,パイロットか,会社の経営者が,現場の担当者かの責任が追及されます。
結局,「誰かのせい」にするまで人々は納得しません。
ここで中島義道は断言します。「飛行機が墜落するのは地球に重力があるからだ」
当然と言えば当然です。でも,一般的な人々はこんな理由じゃ納得しませんよね。なにか人為的なミスがあったから事故が起こったのだ,と決めつけています。誰の責任なのかを追及することが正義なのです。
中島義道は哲学者らしく,理屈をこねてこの「責任」を解き明かしていきますが,どういう展開だったかもう忘れてしまいました(ごめんなさい)。でも,彼の開き直ったへ理屈は,私に強い印象を残しました。
出水市の女の子が死亡した事件について,行政の責任が問われています。情報の引き継ぎがうまくできていなかった,一時保護の判断がきちんとできていなかった,などなど。
報道では女児の死因は不明です。容疑者の暴力は「げんこつ」だけです。報道機関は報道できない情報で犯人と決めつけるだけの確信があるのかもしれませんが,それならなおさら素人の私にはわかりません。
私に分かるのは,1 現在報道されている証拠だけでは殺人事件の立証は不可能。2 行政機関は育児放棄の母親の情報を得ていた。 3 それ以外に女児の死因に関係のありそうな情報はない(報道していない)。です。
このシナプスのトップページには,MBCのニュースが掲載されています。たまたま開いて読むと,容疑者の知人のコメントが掲載されていました。
「悪いのは容疑者だが、児童虐待をなくすための仕組みづくりなど改善策が必要」「死因に関わっていようがいまいが、暴力をしてしまったのが残念だし、テレビをつければ子供が亡くなったりけがをしたというのが続いている。そういうのなくなって欲しいし、行政機関にはその時の改善策だけでなく常に改善策を」
今,この事件の責任を問えるのは行政だけ。だからこういうコメントになる(報じる)のでしょうね。でも,なんか変です。違和感ありありです。気持ち悪いです。コメントしているのは容疑者の知人なのに,言っていることは人ごとです。
中島義道であれば,私が変だと感じる違和感をどう解きほぐしてくれるかしら。
全学連に加盟していぬ自治会を責めて一日の弁解とする(岸上大作)
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